コラム

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OYAJI NO UTA

by 安藤弘志

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オヤジのうた曲名リスト


VOL.485 * 2007/06/12


「世の中は悪くなっているか U」

目立つところばかりでなく全体的にみれば、この世の中は悪くなってはいないのでは、
というのが前回の内容でしたが。今朝の朝日新聞「天声人語」には、学校の先生に
理不尽な要求をして時間的、精神的負担を強いる「モンスター親」について書いた反響
として、小売サービス業の現場に日々現れてわがまま放題の「モンスター客」についての
声が寄せられたと紹介されていました。私が経験したリテイルの店頭は九州の地方都市
ばかりですからさほどの深刻さを感じることはありませんでした。しかし今、大都市の
「ストリート」を奇妙な格好でうろつく若者や、その親に関して想像力を働かせれば、
どうしようもない言葉や行動で周囲の堪忍袋を震わせている人々が多数いることは
否定できませんね。97年に出た村上春樹の「アンダーグラウンド」に地下鉄駅員の
言葉として「駅にいると、人間の負の面、マイナスの面がほんとうによく見えるんです。」
とあり、今朝のコラムの中にも「スーパーのレジに一日たてば『いま』が見えますよ。」と
同じような声が発せられています。世の中の「感情労働」を強いられている皆様に
心からお疲れ様と声をかけると同時にイエスキリストの言葉をお贈りしましょう。
━「主よ、兄弟がわたしに罪を犯したなら、何回許すべきでしょうか。七回までですか。」
イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも許しなさい。━
(マタイ伝18:22)もちろんこの許しには深遠な意味があるのでしょうが、私はこれを
思うとなぜかホッとするし、人を許したぶんだけ自分も許される(もちろん悪を実行
出来るという意味ではないが)と考えることにより随分うれしい気分になれるのです。



VOL.484 * 2007/05/31


「世の中は悪くなっているか」

前々回のコラムの内容に通じますが、今年の上期を終えるに当たり、この世の中は
良くなっているのか、悪くなっているのかという問題を整理してみたいと思います。
太古の昔から人間というものは、清濁両面を持つ不完全な存在であることに変わりません。
その人間によって作られている世の中というものが、ココに来て何かおかしい、という
言い方はいろんな所でよく語られます。でも私はあえて、世の中の基本は良いほうに
流れていると思うのです。情報技術の進歩で、世界中であちこちの人が悪に陥った出来事が
瞬時に知らされます。意識して良いものを求めないと悪のしぶきが、掛かってきそうです。
しかし情報の発達は、極端な権力の寡占、国家間の憎悪による緊張といった不幸の発生を
確実に減らしているのも事実です。少なくとも日本においては、祖父母の世代まで有った
徴兵による戦争の強制が無くなったことが大きい。隣国への敵視や侮蔑を煽ろうとする
人の発する情報と同じぐらい、隣国の友人や著名人を賞賛する情報も流れます。
これらのことの価値をわれわれはもっと有り難がるべきじゃないかと思います。
戦争の具体的な痛みを知らない政治家に、大切なものを玩弄されたくはありません。
亡くなった鷺沢萌さんが「ケナリも花、サクラも花」というエッセイでこう書いています。
━世界はだんだんに良くなっている。その「だんだん」は牛の一歩でもいいと思う。
あるいはちょっと見にはとても人間の力では埋められそうもないように見える
深い深い穴に投じられる、ひと片らの石だ。 わたしゃ石になりたいんだよ。━



VOL.483 * 2007/05/27


「人生の扉」 竹内まりや

予約をして新譜アルバムを購入するなんて、少なくともCD時代になって初の体験です。
熊本のFM局にまで来ていただいて自作のCDについて熱く語ってくださるのを聴いて
いるうちに、勝手に手が動いてネットショップのページを開き、初回限定盤の購入を
申し込んでいました。そして、嬉しいことに発売日当日に手元に届いたのです。
以前に書いたように、同年代の同志的な感覚で新しい自分たちの五十代を拓く旗手
として彼女は他人でない身内のような存在に思えます。だから彼女の新作「デニム」
を聴いていると、いま自分の居るところから自分が何を望むべきかがとてもよく
見渡せるような気がします。♪They say that Life is no meaning But I still believe
it's worth living  酒を傾けながら表題曲と向き合っているうちに実際には語られて
いない「生きる意味」が一瞬見えました。石原慎太郎が本を書いた映画の題名を
「俺は、君のためにこそ死ににいく」とつけた、その感覚と対峙するフレーズとして
♪ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ
オジサンたちはこれを掲げて残りの人生を歩むことにします。時代が違うだの
平和ボケだのと言わせはしません。命を懸けてでも平和憲法を守る決意も持っています。



VOL.482 * 2007/05/19


「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」 ニーナ シモン

この1週間の間だけでも、会津若松の母殺し切断事件、愛知長久手の立て籠もり
警官死傷事件。大阪能勢ではバイクのヘルメットケースに1歳児を入れて致死遺棄の
バカ夫婦と、気の滅入る事件がこれでもかと続いてます。やっぱり明日の「バンキシャ!」
では、これらの現場再現やるんでしょうね、私しゃはなから見ませんけど…。偶然ですが、
中野翠さんのエッセイ「無茶な人びと」を読んでたら、97年の神戸小6男児惨殺事件に
際して報道に猟奇的な話題が溢れていた頃の気分を記した部分に当たりました。
━厭なものをどっさり仕込んでしまったら、いいものをどっさり仕込まないと、駄目だ。
人間のおぞましい部分にどっぷりひたったら、人間の尊い部分にもどっぷりひたらないと、何か、
嘘になって行く。一面的に凝り固まって、人間の真実から遠ざかって行ってしまうと思う。━
確かにそうですね。悪魔的なものには、抵抗するよりも、黙って離れ去るにかぎります。
ドクロのシャツや、黒色背景に赤い文字のウエブサイトからも離れていましょう。そして、
若葉を濡らす雨のようなニーナシモンのヴォーカルにしばらく浸ることにしましょう。



VOL.481 * 2007/05/13


「御社の営業は 好みません」

よせばいいのに日テレ系の「バンキシャ!」になんとなくスイッチを入れてたらムラムラと
コラムに書きたいことが沸いてきましたので、TVを消して書き始めた次第です。
実はもうだいぶ前からやってるソニー生命のコマーシャルが気に障るのです。赤んぼの
生まれたばかりの家に親しげに上がりこんだ保険のセールスマンが、こともあろうか上の子の
ナーバスな心に対して解った様な台詞をなげかけ「親身」ぶりを見せつけます。別の版では、
通りがかった老人ホームが良さそうだというので写真を撮ってきましたと自慢してました。
客は私以上に母のことを気にかけてくれると感激するてえんですが、ありえねー!っと
茶々をいれたくなるのは私だけでしょうか。保険会社のライフプランナーとやらが
いかに頼りになる相談相手かということをいいたいんでしょうが、どうかウチにだけは
来ないで欲しいというのがCFに対する率直な印象です。(契約する金も無いけど)
このCFの企画の背景には、いわゆる営業力でのし上がった役員・管理職の姿が
目に浮かぶような気がします。彼らがいかに顧客と親密な関係を築いたかを自慢するとき、
そのやり方が間違っていると反論するのは難しいんですよね。自分の営業成果の
数字が劣っている場合はなおさらです。でも過剰なフレンドリーを有り難がる客と
同じくらい、自分が望むときだけ的確なサービスを機械的に提供して欲しいと考える
客は、目立たないけど多数居るのです。お礼の手紙なんぞは書きませんが、当たり前の
サービスを当たり前に提供してくれる控えめな会社をオジサンは断固支持しますね。



VOL.480 * 2007/05/06


「コミュニケーション・ブレイクダウン」 レッド・ツェッペリン

5月の大型連休の最終日が日曜日というと、翌日の月曜からまるまるウイークデイが
並ぶことになります。高校時代のある年にそんな憂鬱な日曜日を迎えて、今でも
覚えているのは、ツェッペリンの表題曲に触発されて”Sakuragaoka Breakdown”なる
ブルースもどきの曲を作ってギターの「弾きがなり」をしていた頃がありました。
今にして思えば、天国のような高校生活の何がそんなに嫌だったのか解りません。
今日もTVでは行楽地への旅行から成田や羽田に帰りついた人たちがインタビューを
受けて、週明けの出勤の嫌さを嘆いています。私の駄作は論外ですが、久しぶりに
炎上する飛行船が描かれたアルバム「Led Zeppelin 1」を聴いたら、確かにそんな気分を
紛らわすにはぴったりの音ですね。♪I'm having a nervous breakdown, Drive me insane!
ロバート・プラントの歌を聴いた後、次の休みの行き先でも考えましょうね。


VOL.479 * 2007/04/26


「ABE的自衛権」

ABEさんにも困ったもんです。憲法九条を変えたくて「国民投票法案」を無理矢理
成立させようとするだけではおさまりません。今度は現憲法の解釈変更で、
国際貢献の美名をかぶせた集団的自衛権行使をごり押ししようとしています。
今回の私的諮問機関の設置については訪米でのブッシュ大統領への手土産
という見方もあるでしょう。それでも、米国などへの戦争協力が憲法上許されうる
との解釈をこじつけようとする動きには、とても黙っているわけにはいきません。
以前にもこのコラムで触れたように、米軍の活動と憲法前文および九条一項の
精神とはまったく相容れません。無謀で危険で無意味な米軍の行動にもしも
自衛隊がつきあわせられるなら…。ABEさんの本心を是非問いただしたい質問が
あります。イラク開戦から軍事行動に参加していたとしたなら、米軍二千人以上、
英軍百人以上、に対して日本人の戦死者が0というのはありえませんよね。
少なく見積もって例えば20人の自衛隊員が戦死した場合、あなたは彼らを
「日本の国益の為に尊い犠牲になってくれた」と讃えるつもりですかと。



VOL.478 * 2007/04/12


「コミッショナー 渇望」

今日は木曜日、日本のプロ野球は全球団試合中なのですが地上波でのTV中継は
元々予定されていません。サービス業などで木曜だけしかナイター観戦できない方も
いらっしゃるでしょうに。冷蔵庫からビールを出してTVの前に座っていそいそとチャンネル
を動かしたあげくに途方にくれたオジサンが居ましたらご同情申し上げます。でも諦めずに
ちょっと手段を講じれば、BSでは甲子園の阪神戦、フレッツ光のオンデマンドTVなら
福岡のソフトバンク戦、画面の小さいのを我慢すれば楽天イーグルスのサイトから
宮城で投げている田中マー君の姿を楽しめます。ありがたいことです。
ところで私らファンにとって、ありがたくないことはシーズン開幕直後にぞろぞろ出てきた
新人選手獲得に絡む裏金の話。正直な気持ちは「今の選手たちが一所懸命プレーして
くれるんなら、ワシらも試合に熱中するので、過去のお金の話は球団の責任者だけで
集まって懺悔なり反省なりしててくれないだろうか」と思ってしまいます。ただ問題は
現在のコミッショナー不在というプロ野球機構の異常さと、代行を勤める人の無能さ。
玉木正之さんみたいに道理がわかって、なおかつ頭の固いオーナーどもを従わせる
威厳を持った、そんなコミッショナーをなによりも渇望するものです。



VOL.477 * 2007/04/01


「関西テレビへの応援」

大学受験で大阪の宿を探すことになった時、父が教えてくれたのが「ビジネスホテル関西」。
安くて便利、ということで泊ったのですが1970年代の当時から本館や別館のややこしい造りは
今と同様、おまけに周囲は歓楽街に同伴ホテル林立で受験生には気の散る宿でした。で、
梅田の駅からホテルの目印に探したのが当時の関西テレビの社屋ビルだったと記憶します。
私にとっても馴染みのあるTV局が今、番組中の健康情報捏造のかどで民法連を除名されたり、
総務省から停波一歩手前の警告処分を受けたり大変な目に遭っています。自慢じゃないけど
私は問題の「あるある…」という番組を一度も見ていません。でも気になるのは他局の番組、
占いだのグルメだのショッピングだの、あれらの中には一切捏造とかヤラセは無いという
自信を持って他の民法連各社は除名という判断を下したのでしょうか。とても疑問です。
これを機にTVゴールデンタイムから下らないバラエティ・編集物の比率が下がるように願い、
他の皆さんにもそれらを見ない、信じないようお勧めします。ところで、あの時受験した
関西学院大学は見事に不合格だったのですが、同学出身の関西テレビアナウンサー、
故・松本暢章氏杉本清氏の温厚で庶民的なダンディさには、関西在住時TVを通じて
影響をうけたものです。TV見るならスポーツ、落語、歌、せいぜい対談てなもんですね。



VOL.476 * 2007/03/27


「オイスター・チャウダー」

ノロウイルスとやらの関連によるイメージダウンのせいで、牡蠣が売れなくて困っていると
いう話を報道で聞いていたので、安いんだったら沢山食べてやろうと内心楽しみに
していたのですが。近所のスーパーではなかなか「お買い得品」にめぐり合えないまま
「R」の付く月もあと一月余りになってしまいました。本日ようやく一パック200円足らずの
剥き身を二パック購入することが出来、若い頃レストラン勤務で覚えた「オイスター・
チャウダー」を作ることにしました。人参、玉葱、ベーコン、それに捨てずに冷凍しておいた
ブロッコリーの茎を、すべてペイザンカット(田舎風の四角いスライス)してサッと炒めた後、
ブイヨンキューブを濃い目に溶かした鍋にぶち込んでコトコト煮ます。輪切りにしたウインナー
も加えて旨みが増したところで生牡蠣を入れて一煮立ち。最後に牛乳を一本分と塩少々で
味をととのえて出来上がりです。浮き実としてソーダクラッカーを割ったものとパセリの
みじんが有れば言うことなしですね。どこか心の暖まる素朴な料理です。



VOL.475 * 2007/03/13


「鹿児島スイッチ」

九州新幹線が鹿児島市と熊本県八代市を結んで部分開業したのがちょうど三年前
の今日のことです。そして残りの部分の工事も熊本と福岡で着々と進められています。
熊本〜八代間の不知火海を望むあたりでは、眺望をさえぎる物が無いので、高架橋が
まるで城壁のように真っ直ぐ伸びています。完成したら全国の新幹線の中でも海の景色を
もっとも楽しめる区間になるかもしれません。ところでJR九州の最新キャンペーンのCMが
なかなか良い出来だと思うのです。以前の黒木瞳さんと同様に九州出身の小西真奈美さん
を起用。福岡のOLらしき設定の彼女が同僚との話の弾みに「鹿児島スイッチ」が入ってしまい
あっという間に新幹線の車中の人になってしまうのです(現実は「リレーつばめ号」という
在来線がまだ介在しますが)。CFには出てきませんが鹿児島に着いて指宿温泉でくつろぐ
彼女は、まさしく「薩摩おごじょ」の素朴さに変身した姿でポスターにおさまっています。



JR九州ポスター(南熊本駅にて)

 

VOL.474 * 2007/02/27


「ブラームス ピアノ協奏曲1番」 ルドルフ・ゼルキン

前にも書きましたが、FMラジオの聴ける携帯電話を手に入れてからヘッドセットで
クラシックを聞く機会が増えました。特にラジオとウォーキングの組み合わせは、
ちょっと遠い距離でも精神的に苦にならないし、何気ない風景もBGMが伴われる
ことによって違って見えたりする楽しさがあります。しかし今朝聴いた表題曲は、
いつの間にか体が音楽に引き込まれて、BGMと風景が主従逆転してしまいました。
ピアノの小気味よいパッセージが、まさに心の中のかゆいところに手が届くような
感じで、一音一音響いて来るのです。全曲が終わった瞬間には、やや涙目になりながら
ひそかにブラボーとつぶやく姿。傍目に見たら変なオジサンと思われた筈ですね。
ピアニストのゼルキンがジョージ・セルの振るクリーブランド響と組んだ'68年の演奏。


 

VOL.473 * 2007/02/18


「2月の正月休み」

2月の正月休みというと旧正月とか中国などでの「春節」に関することと思われるでしょう。
しかしそれとは無関係に今頃ようやく正月休みを取っている方々が日本中に相当な人数
いらっしゃる筈です。以前私もその一員だったのですが小売、外食の現場で働く皆さんたち
です。成人の日を過ぎるころから若手社員がまず連休を取り、最後に店長が休めているか
といった時期ですね。業態によっては店長以外全員パートの店舗も増えています。さらに
数店舗のパートオンリー店を管理する店長もいますが、彼らは主力パートさんが欠員に
なったりすると、代わる人を探して採用し教育し終えるまで休みが取れなかったりします。
そればかりか一日の拘束時間も哀れなほど長かったりするのです。チェーンストアを展開
する企業には現場の社員が健康と活力を維持するに足る余暇を確保する義務があります。
疲労困憊した店長が多く見受けられる企業は就職活動の対象からはずすことはもちろん、
株式投資や消費者としての利用も控える、そんな見方も必要かもしれませんね。


 

VOL.472 * 2007/02/11


サントリーバー

特に理由はないのですが家内が珍しくウイスキーを買ってくれました。久しぶりに
触れる「ダルマ」のボトルの感触を楽しみながら裏側のラベルを見ると、そこには
「20世紀の日本をささえてきた人々とともに、この一瓶は歩んできました。」との
一文が記されています。どちらかといえば、ささえるよりもぶらさがったり蹴飛ばされたり
の多かった私ですが、このウイスキーと共に歩んだと言える一時期が確かにありました。
特に故郷の街のトリスバーのマスターにはお世話になったし、お酒の飲み方、酒場での
人との接し方、そしてジャズの楽しみ方など沢山教わることが出来ました。
アブストラクトのような外壁、世界中の酒瓶を陳列したカウンター、止まり木の後ろの壁に
少し調律はずれのアップライトピアノ、トイレットの朝顔に敷き詰められたアイスキューブ。
映像を思い浮かべているうちに、板ワサのバタ焼きの匂いまでよみがえります。
若い皆さんの中に「ママさん」のいる飲み屋しか知らない方がもし居られたら----。
笑顔の似合うオジサンがやってる素敵なバーを探してみることをおすすめします。




 

VOL.471 * 2007/02/06


「義理チョコ時代の終焉」

土用丑の日、クリスマス、節分、バレンタイン…。古来日本の商人はそれぞれに
かこつけて、鰻、デコレーションケーキ、巻寿司、チョコレートの一大販売イベントに
国民を巻き込んでいます。つい先頃の節分の日には驚きましたね。いい年をした
男女が神社の境内に集まり、みな同じ向きで黙って巻寿司に噛み付いていました。
30年前大阪府下に住んでいた私は、彼の地の寿司商組合が恵方巻なるイベントを
宣伝し始めた頃も覚えていますが、元々神社とは縁のない発案が、今やあたかも
宗教的根拠が有るような扱いです。元来日本人の季節行事好きに加えて、
マスメディアが何かといえばこれらを紹介することで煽っている面もありますね。
非力ながら、こんなミニメディアで逆の呼びかけをしましょうか。みなさーん!
不二家の事件もあったことですし、これを好い機会に「義理チョコ」やめましょう!
心優しい女性が、どれをいくつ買おうかと考え、さらに何時どんな風に渡すかに
思い煩う姿は哀れです。もらったほうも、それをどこにおいて置くかとか、会社から
帰るときにどんな風に持とうかなんて悩んだり。私はしなかったけど、義理堅い男は
3月にお返しをするにあたって女性以上に照れくさい購買・贈呈作業に直面します。
本当に贈りたい人にするのは止めませんが、「義理」はもう時代おくれですよー。


 

VOL.470 * 2007/01/21


「シューマン交響曲第1番」 バレンボイム

学生時代に京都で一度だけ「名曲喫茶」なるものに入ってみました。いつも出入りしている
ジャズ喫茶が、地階の人工照明にタバコの煙がただよう場所だったのと対照的に、
陽光の差し込むテーブルの上にウエッジウッドの珈琲碗。タンノイのスピーカーから
僅かに控えめな音量でマーラーのシンフォニーらしきものが流れている。確かに居心地は
悪くはないのですが、なんとなく若いモンがこの時代にいるべき場所ではないような気がして
二度とは訪れませんでした。あれから充分歳を経た今でも、名曲喫茶の椅子が自分に
ふさわしい場所にはなっていないようです。時代が相変わらず「長すぎるコンチェルトなど
聴いている時ではない」からでしょうか。もっとも、近頃では電車の中などでクラシックは
よく聴きます。FMラジオの聴ける携帯電話を手に入れたので味をしめてしまいました。
先日聴いた表題曲は特に車内の高校生たちの姿に妙にマッチして気が浮き立ちました。

 

VOL.469 * 2007/01/08


「未熟の晩鐘」 小椋佳

大学の一、二回生のころ、所属していた国文専攻のクラスの仲間が集まって
「クラス誌」を定期発刊していました。1970年代中頃はワープロも手軽なコピー機も
なかった時代です。いわゆるガリ版印刷での作製ですので、升目の入った蝋引きの
原紙を専用のヤスリ板の上に置いて鉄筆で文字を手書きするわけです。投稿された
小説・詩・短歌・論文の類は何人かで手分けして製版したと思います。面白かったのは
「酒中放談」とタイトルした有志による座談会の部分で、友人の家の二階に集まって
皆で酒を飲んでしゃべりながら、私が同時に鉄筆で文字に起こしていくという、
とんでもないやり方で作りました。「なんや ままらへんね。」などと、話し言葉が
誤植まじりで再現されているところが、雰囲気が出ていて良いと変な評判をもらってました。
昨日の夜TVで小椋佳のコンサート中継を見ていて久しぶりにこんなことを思い出したのは、
当時大阪住之江の自宅二階の場所や酒を提供してくれた友人が小椋のファンで、座談会の
BGMとして彼のLPレコードがかならず掛かっていたせいなのですが。
彼の最新の曲からも、お互いにあの頃の道程を円熟しつつ彷徨っている気がしてきます。

 

VOL.468 * 2007/01/03


「みんな夢の中」 高田恭子

2007年が素敵な年になりますように、今年はこうなったらいいなと夢想しましょうか。
「軍隊や武器はどんどん減る方向に、自然の恵みは誰もが豊かに享受できるように。」
どうですオジサンの夢には誰も文句のつけようがないでしょう。ところで表題曲は
去年の暮れにラジオの「昼のいこい」で聞いて思い出しました。1969年に浜口庫之助が
高田のために作詞作曲した十六小節の歌謡曲ですね。ジャケットの裏に記された
プロフィールによると、高田恭子は1948年に京都で生まれ、同志社女子高卒業後
軽音楽の道に入ったということです。出だしから雰囲気のあるメロディでした。
彼女自身はカンツォーネを志したらしいのですが、演歌テイストの味付けになっています。
♪恋はみじかーい 夢のようなーものだけど おんなごころーは 夢を見るのが好きなの…






みんな夢の中(キングレコード)EPジャケット



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