コラム

OYAJI NO UTA

by 安藤弘志

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オヤジのうた曲名リスト

VOL.263 * 2005/02/28
 


「クバーノ・チャント」 レイ・ブライアント

ごついけれど暖か味のある手のひらが左右に突き出された真ん中に
なんともいえない笑顔でこちらを見ている人の良さそうなピアニスト。
リカード・サンバ」には間に合わなかったけれども、このLPジャケットが
掲げられあちこちのジャズ喫茶でラテンのリズムが響き渡った時代は
リアルタイムで覚えています。ジャズ喫茶ばかりでなく1975年の来日公演では
大阪で生の演奏にも立ち会えました。表題曲はテーマのラテンリズムと
展開部分の4ビートのマッチングが絶妙で、幸せな気分にひたれます。
現在アトランティックのジャズ盤CDは、入手が不自由なようで残念です。


VOL.262 * 2005/02/27
 


「そんな気が…」 五つの赤い風船

冷蔵庫の空気のような風が枯野を吹き抜ける中に立っていても
年末の木枯しと、2月の寒風にはどこか質的な違いがあると、そんな気がします。
表題曲は1971年の西岡たかしの作。オリジナル「風船」の後期代表作のひとつです。
♪長いあいだ 土の中に あった 私の いのちは もしかすると 大気の あふれる
明るい地上に 生き帰るのかも 知れないそんな気が する 君はそう 思いはしないか。
結局のところ西岡のいのちは地上にしっかりと顔を出したのかと考えてみれば、
我々オジサン世代の心の中には、確かに力強く根を張っています。
ほんの数日前でした、小雪混じりの風に首をすくめた足元にふきのとうを見つけました。


VOL.261 * 2005/02/26
 


「アイルフォローザサン」 ビートルズ

詞も曲も良く、演奏時間も短いバラードの割にはラジオでかかることが
少ないような気がします。アルバム「フォー・セール」の中のナンバーですが
日本では「カンサス・シティ」のB面としてシングルも出ていました。
私が小学生の頃、姉が「ビートルズといっても叫ぶような曲だけじゃなく、こんな静かな
曲もあるのよ」といっていろんな人に聞かせていたような記憶も有ります。
One day you'll look to see I've gone.  For tomorrow may rain, so I'll follow the sun
ポール・マッカートニーの歌うバラードといえば「イエスタデイ」ですが、それよりも
ナチュラルテンポでアレンジもシンプルな分、愛着のわく1曲です。


VOL.260 * 2005/02/25
 


僕を呼ぶ故郷」 カメ&アンコー

ニッポン放送のカメ&アマチャンがフジテレビ会長と共に記者会見している
姿に痛々しさを感じたオジサン世代も少なくないと思います。
二人とも現場の最前線から生え抜きの役員として、自分達の築き上げてきたものへの
自負はけっして小さくないと思います。いかにサラリーマン社長の宿命とはいえ、
「フジサンケイグループあってこそのニッポン放送」という発言をする亀渕氏の
口調は心なしか、役目としてニュース原稿を読むしゃべり方に聞こえました。
もう無理しなくていいから、1971年以来のあの唄を唄ってよ。
♪僕を呼ぶよ あのふるさとが 帰っておいでよと 僕を呼ぶよ あの人の声…


VOL.259 * 2005/02/24
 


「デルタ・ドーン」 ヘレン・レディ

オーストラリア出身、カントリーテイストの女性歌手ヘレン・レディの1973年のヒット。
出だしのメロディが少しずつ盛り上がって、サビで炸裂するようなカタルシスを
感じさせると表現したらちょっと大げさかもしれませんが名曲です。
幼い日に土地の人が「デルタの夜明け」と呼んだほどの
Prettiest woman が、
男に翻弄されたあげく精神を別乾坤に漂わせるようになった話を
淡々と歌い上げます。メインボーカルの歌唱力はもちろんですが、バックコーラス
も結構重要な役割を果たします。日本でのカバーの中では宮前ユキがコーラスに
山本潤子などを従えて吹き込んだがお勧めですが現在入手困難のようです。


VOL.258 * 2005/02/23
 


「恋人同士」 桃井かおり

1981年のアルバム「FIVE」に収められている目立たない曲です。
岩沢幸矢作詞、岩沢二弓作曲、吉川忠英編曲という、しっとり系フォークに
手馴れた作家による小品が26歳当時のオジサンの心に波長が合ったのでしょうか。
マーサ三宅門下としてジャズを学んだこともある桃井かおりは、
それでもやっぱり女優としての歌唱をするときに魅力を発揮します。
♪恋人どうしだった 二人が ただの友達に なろうなんて 無理。
不思議なリアリティのある声で語られるときに、実際に自分がそんな体験を
してきたかのような気になって胸が騒いでしまったのです。


VOL.257 * 2005/02/22
 


「二人でお茶を」 ブロッサム・ディアリー

「カマトト」ヴォイスやピアノの弾き語りで有名な女性ジャズシンガー、
ブロッサムはニューヨーク生まれですが1952年にフランスへ渡り
パリでザ・ブルースターズというコーラスグループを結成、
シンガー兼アレンジャーとして活躍を始めました。1956年に帰米し、
ヴァーヴレーベルで録音した表題曲を含む演奏はキュートで
コケティッシュな魅力があふれています。1924年にビンセント・ユーマンス
作った TEA FOR TWO はドリス・デイアニタ・オデイなど多くのシンガーが
手がけていますが、ブロッサムの歌がもっとも親近感を帯びています。


VOL.256 * 2005/02/21
 


真冬の帰り道」 ランチャーズ

広瀬香美の同名曲、S&Gの「冬の散歩道」、アグネス・チャンの「冬の日の帰り道」と、
まぎらわしいのですがどれも良い曲です。寒さと人恋しさが音楽の発想を呼んだ
のでしょうか。この中で最初に出たのが加山雄三のバックもつとめたザ・ランチャーズの
表題曲です。リアルタイムで聞いた頃は幼すぎて気がつきませんでしたが、
ハイティーンになってようやく、せつない胸の内が痛いほど良くわかりました。
ただ、その時期はもっと荒削りなフォーク・ロックが主流になっていた事もあり、
このような山の手風の「スカした」坊ちゃんの歌に対する反発もあったのです。オヤジになって
ようやく素直に歌っています。♪大好きだけどー 言い出せなくってー …


VOL.255 * 2005/02/20
 


「にくい貴方」 ナンシー・シナトラ

先日のBS特集で放映のあった白黒の映像にブッとんだ方も多いでしょう。
1966年の表題曲を歌う彼女のTVショウの場面なのですが、当時よくあった
8人ほどのダンサーに周りを囲まれながら口パクで歌う場面でした。
まずアップになった踊り子のふくよかな脚線に「ナッナンダ!」と驚くと
次から次へ映るダンサーが揃って広角レンズで撮ったような体型なのです。
さすがに最後に登場のナンシーは一応すらりとしたと言えなくもない(といっても
今のユーミン位の)スタイルなのですが、40年の時間と言うのは確かに美の基準をも
変えるのだと認識させられたのです。罪作りな THESE BOOTS MADE FOR WALKIN'



VOL.254 * 2005/02/19
 


「さらばシベリア鉄道」 太田裕美

1980年この曲が出た頃、双葉社の漫画アクション誌の1ページ記事で
紹介されているのを見て松本隆=大瀧詠一コンビの作によるこの曲に出会いました。
今のロシアがまだソビエト社会主義共和国連邦(USSR)だった頃に
シベリア鉄道を旅する少女の物語も新鮮でしたし、「木綿のハンカチーフ」以来の
往復書簡形式の復活も興味深いものでした。特に♪きみの手紙読み終えて 切手を見た
スタンプには ロシア語の 小さな文字。 こんなくだりは、さすが松本隆と言うしかありません。
ただ太田裕美の歌唱とぴったり合っているかといえば今に至るも少々疑問があります。
でも女性歌手で代わりに誰がいいのかと考えても出てこないのです。


VOL.253 * 2005/02/18
 


「危 機」 イエス

アルバムの原タイトルは CLOSE TO THE EDGE。紙ジャケット見開きに
でかでかと断崖絶壁を見渡したような景色も描かれていたので
突然襲ってくるクライシスというよりも、普遍的に内在する危険と言うような
意味が込められていると思います。冒頭、ひそやかな虫の鳴き声のような音が続き
耳をすましたところで、いきなりプログレッシブロックのサウンドが満ちます。
A面の「危機」B面の「同志」ともに四つの楽章からなっており、それぞれに
意味深な副題がつけられています。私の一番の好みは「同志」の第一楽章「人生の絆」。
高校時代の印象はプログレッシブの極みだったのですが、今となってはやはり懐かしい音。


VOL.252 * 2005/02/17
 


「あなたの心に」 中山千夏

1969年、子役を脱皮し女優らしくなった頃の千夏さんのヒット曲。
当時ひょっこりひょうたん島の声優として「もしもボクに翼があったらなァ」など
飄々とした持ち味の歌が得意でした。或る日、都倉俊一の初期を代表するとも言える
メロディと出会ってこんな名曲が生まれました。一昨年、岩崎宏美のカバーも
出ましたがオリジナルの時代背景を知っているかどうかの違いはやはり大きいと
感じます。あの頃の安保闘争・学生運動の大波の中、あえて真剣に愛を歌うとすれば
この曲のようなメルヘン路線か、加藤登紀子的アネサン路線が主な選択肢でした。
♪だっていつも あなたは わらあーって いるだけ そして 私を 抱きしめるだけ…


VOL.251 * 2005/02/16
 


「ファイアー&レイン」 ジェームス・テイラー

2月の雨は冷たい冬の雨には違いないのですが、遠くの山を見渡せる場所で
眺めると地面を白い霧で包んで春を育てているようにも見えます。
こんな日に聴きたい雨のナンバーで心に浮かんだのが1970年産の表題曲です。
ジェームステイラーの名を知ったのは、確か細野晴臣氏がこの曲が出た頃に
「今このシンガーソングライターにぞっこんだ」と音楽雑誌に書いていたのを読んだ
記憶があります。高校に入ったばかりの私はすぐにレコードを買うことは
出来ませんでしたが、ラジオなどで聴く機会を重ねるごとに漠然と「優しい強さ」のような
もののお手本に思い浮かべるようになったのです。Oh, I've seen fire and I've seen rain


VOL.250 * 2005/02/15
 


「おくれてきた少女」 シモンズ

西岡たかし作の「恋人もいないのに」で有名な女性コーラスデュオ、シモンズが歌う
北山修杉田二郎のコンビによるせつない佳曲が「おくれてきた少女」です。
1971年当時の時代状況を考えると北山のインスピレーションの一部には
大江健三郎の小説「遅れてきた青年」が影響していたのかも知れません。
「恋人も…」に較べるとシモンズのコーラスも淡々とした進み方なのですが、
心理描写がより深い内容なので二人の声の混ざり具合が主人公の
揺れる内面を象徴しているかのようにも聴こえます。
♪走ってきたのに 遅すぎたようなの 誰も 誰も いない


VOL.249 * 2005/02/14
 


「悲しみのアンジー」 ローリングストーンズ

お陰さまで私ら世代はバレンタインデーなるものにさほど振り回されずに
済んだ最後の世代かもしれません。中高生時代の記憶の中では
赤塚不二夫作品の「もーれつア太郎」に登場の野良猫ニャロメが作中で
♪まいふぁーにゃーバレンタイン と口ずさんでいたことぐらいしか残っていません。
まつわる曲といってもこの、ロジャース=ハート作のスタンダード My Funny Valentine
以外にはめぼしいものは無いですよね。ところで1974年の2月14日には、オジサンは
京都で大学入学試験を受けていました。雪の降る中ちょっと風邪気味のコンディション
で駅から大学へ向かう道、当時はやっていた表題曲を心の中で口ずさんでいたのです。


VOL.248 * 2005/02/13
 


「アンダルシアの風」 今田勝

今田さんは、そもそもオジサンがジャズを好きになったきっかけを作った方です。
高校時代の或る日、何のきっかけでチケットを買ったのか良く覚えていなのですが
学校帰りに自転車で街のホールへ寄って、この人のコンサートを聴けたのです。
TBMレコードから「ポピー」というアルバムが出た頃だったでしょうか、
福井五十雄(b)、小原哲次郎(ds)とのオリジナルトリオの迫力ある演奏に
魅了され、それ以来ジャズの引力圏内をただよう身です。日本でも屈指の
タレント豊富なミュージシャンで、オルガンを弾いても良し、ヴォーカルの歌伴も良し、
そして作曲の素晴らしさは表題曲を一度聴けばどなたも解ると思います。


VOL.247 * 2005/02/12
 


「ダウンタウン」 ペトゥラ・クラーク

1960年代中頃にイギリスのヒットチャートでビートルズと共に常連だった女性シンガー。
オリジナルの曲名としてすぐに頭に浮かぶのは表題曲くらいしかないのですが、
どんなジャンルの曲を歌っても彼女ならではの色合いをかもすような実力派です。
田舎と都会、郊外と下町それぞれ良さはあるでしょうが、たてまえで語るとき
どうしても前者の価値を主にすることがありがちな気がします。都会が好き、
繁華街が好きと公言することへの僅かなためらいは、享楽的な物に惹かれることへの
後ろめたさでしょうか。でも時にはそれを忘れて自分を解き放つことも必要です。
We can forget all our troubles, forget all our cares So go downtown,


VOL.246 * 2005/02/11
 


「白い蝶のサンバ」 森山加代子

この人のデビュー後しばらくの絶頂期はオジサンも知りません。ミーナ
1959年のヒット曲 Tintarella Di Lunna を岩谷時子訳詩で「月影のナポリ」として
日本に大々的にひろめ、その後も「メロンの気持」などいくつかヒットしたようなのですが
60年代後半は泣かず飛ばずの時期だったようです。そして私の中学時代、70年に
表題曲が突如という感じでブレイクしたのです。阿久悠作詞、井上かつお作曲。
中国風エキゾチックな出だしの、テンポのいいサンバが、時代の空気と絶妙の
タイミングで交差したのではと今となっては感じます。サビの部分の浮遊感も
きわだちます。♪恋はこころも 命もしばり 死んでいくのよ 蝶々のままで…


「白い蝶のサンバ」シングル盤画像
「白い蝶のサンバ」森山加代子

VOL.245 * 2005/02/10
 


「バウンシング・ウイズ・バド」 バド・パウエル

天才というよりどちらかといえば鬼才の形容詞が似合うピアニスト、バド・パウエルの
後期のアルバムタイトル曲。1962年コペンハーゲンで地元北欧の若手と組んだ
トリオの演奏です。
Bouncing の名の通り円熟の頂点で跳ね回るようなプレイ
なのですが、私にとっては何より切れの良い音が次々と鬼才の指先から
紡ぎだされる快感の印象が残る名盤です。少なくとも「クレオパトラの夢」で
おなじみの「シーン・チェンジス」に匹敵する出来だと思えるのですが、知名度で
はるかに及ばない現状はちょっと残念です。ベースを担当している
ニールス・ヘニング・エルステッド・ペデルセンにとっては出世作とも言えるものです。


VOL.244 * 2005/02/09
 


「冬のサナトリウム」 あがた森魚

結核療養所の名前によく用いられるサナトリウムという言葉は
語感がイメージを刺激するためか、絵画・文芸のタイトルの一部として
あちこちで使われているような気がします。「赤色エレジー」のヒットの後
しばらくして出た表題曲もその中のひとつですが、言葉の断片を選んで
饒舌にならないような小品にまとめた点で成功しました。出だしが
♪ほんの少しだけれど 陽が差しはじめた−情景と心理を重ね合わせて
描写する言葉でひきつけ−♪雪あかり誘蛾灯 誰がくるもんか ひとり。
冬の果樹園の夜を彩る青いあかりが郷愁の味付けをしています。


VOL.243 * 2005/02/08
 


「レイジー・リバー」 ルイ・アームストロング

「スターダスト」の作者として有名なホーギー・カーマイケルは同じく
1930年代はじめに表題曲や「ジョージア・オン・マイ・マインド」といった
珠玉のメロディを紡ぎだしました。大不況にめげずというか、或いは
大不況の世だからこそ幸せへの憧れを込めた美しい音楽への啓示が
もたらされたのかも知れません。表題曲はディキシースタイルの演奏が似合う
優雅な雰囲気。出だしの
Up a lazy river by the old mill stream を聴いただけで
のんびり優しい気分に誘われます。今の世もこんなささやきを欲しがっている
人は多いのではないでしょうか。Throw away your troubles, dream a dream with me.


VOL.242 * 2005/02/07
 


「裸足のブルース」 中村晃子

1968年の「虹色の湖」は中学生の時に聞いたわけなので、今のオジサン世代の
思春期の心のどこかに、この人の声が針のように刺さってそのままになっている方も
多いのではと思います。デビュー曲もそうですが71年の表題曲は中低音の声が
独特の輝きで伸びるという彼女の魅力が際立っています。作詞の木下龍太郎
演歌に近い作家のようですが、ここでは橋本淳作の平山三紀ナンバーのような
雰囲気を出していますし、高田弘の曲 ♪ヘッドライトの アオーヤマー のところの
フェイクする具合がたまりません。後年私の勤務するショッピングセンターに「営業」で
いらっしゃった時に会った事がありますが若い日の迫力の片鱗は感じました。


VOL.241 * 2005/02/06
 


「晴れた日に永遠が見える」 カーメン・マクレエ

1965年のブロードウェイミュージカルで70年には映画でもヒットしました。
作詞は「マイ・フェアレディ」のアラン・J・ラーナー、作曲はバートン・レーンです。
ミュージカルの初演後すぐにテーマ曲 On a clear day, You can see forever は
ジャズミュージシャンの好むものとなり、ピアニストではウィントン・ケリー
レッド・ガーランド、歌手ではフランク・シナトラジョニー・ハートマンなどの
名演奏が残っています。カーメンの盤は68年に西海岸のホテルで録音されたライブ。
ある晴れた日の朝めざめると全てを見透す能力を持つ自分に驚く、そんな
ミュージカルの筋から来た歌ですが、さらに深い意味さえ感じさせます。


VOL.240 * 2005/02/05
 


「水色の恋」 天地真理

先日、1980年の化粧品キャンペーンソングでの「ま」のつく女性シンガー三すくみ
を取り上げましたがこの時代渡辺真知子がらみでもうひとつ「まの字三姉妹」が
出来ることに気がつきました。こちらは漢字も揃って、CBSソニー「真」の系譜。
時代順に天地理/五輪弓/渡辺知子です。表題曲は天地真理の
1971年のデビューヒットで、そのときのキャッチフレーズが「ソニーの白雪姫」でした。
のちに彼女の主要作品を手がける森田公一・筒美京平とはまだ出会っておらず
作詞:田中えり、作曲:田上みどりによるものですが、みずみずしい雰囲気が素敵な曲です。
♪遠く去っていく人に 涙だけが ひとしずく ひとしずく 飛んでいくの


「天地真理」「五輪真弓」デビュー広告画像
CBSソニーレコード デビュー盤告知(新譜ジャーナル)
(左)1971年11月号 (右)1972年11月号

VOL.239 * 2005/02/04
 


「スノーバード」 アン・マレー

カナダの女性シンガー、アン・マレーのデビューヒットがリン・アンダーソンなど
多くのミュージシャンに愛され、ポップカントリーのスタンダードとなっています。
ドド・シシ・ララ・ソソ・ドレーと空から舞い降りてくるような出だしがなんとも
印象的です。調べてみて分ったのですがスノーバードこと「ユキホオジロ」は日本でも
比較的簡単に見られるようです。極地や北米からまさしく雪の精のように
冬の北海道や日本海沿岸を訪れてくれます。中年の主人公が生活の虚脱感から
若い頃の情熱を懐かしんでいる時に、小さな羽根を精一杯広げて空を飛びまわる
小鳥につぶやきます。I could, you know that I would fly away with you.


VOL.238 * 2005/02/03
 


「春を待つ少女」 高石ともや

♪つめたい風の丘に咲く 光る花は猫柳 今日も佇む娘ひとり 海を見つめて誰を待つ…
70年代の初めに京都の立石電機のCFイメージソングとして誕生したと思います。
立石電機はのちに会社の発祥地である右京区御室(おむろ)にちなんで社名を
オムロンとする継電器・自動改札機のトップメーカーですね。70年代に飛躍した
京都の企業と言えば他にワコール、村田製作所、京都セラミックと続々。
任天堂はまだ地味な花札屋さんでしたが83年のファミコン登場で続きます。
表題曲は低音部の続く前半から一転して明るい高音の伸びる後半へと変わります。
♪駆ける 娘はひかりの中 どこへ行くー むすめ


LP「春を待つ少女」ジャケット画像
1977年ナターシャセブン107ソングブックの1枚

VOL.237 * 2005/02/02
 


「サニー・ヒルズ」 ボビー・コールドウェル

この手のアダルト・オリエンテッド・ロックを聞くと独身時代の終わり頃の
人生の上でも会社の中でも今ひとつ不安定な日々がよみがえります。
仕事時間も不規則だった上に、余暇は酒と麻雀が多くを占めていました。
たぶん本社の会議出張の帰りだったと思いますが、無性にリラックスできる
音楽が欲しくなって車の中で聴けるミュージックテープを探したのです。
選んだタイトルがこの「シーサイド・センチメンタル」、のんきな口笛のような
シンセの響きとともに表題曲が私に語りかけました。What you need is a quiet place.
二十代のもろもろが私を次の居場所へと送り出そうとしているようでした。


VOL.236 * 2005/02/01
 


「NHKに捧げる歌」 早川義夫

私と音楽の接点で度々お世話になり、このコラムでも過去の番組にからんで
取り上げることの多いNHKが今、壁にぶち当たり転機に立たされています。
日本の現代文化の主流ばかりでなく前衛の部分でも少なからぬ役割を果たした
ことは評価すべきですが、その機能をこれからも果たすためにはここらで根幹の
仕組みを考え直すべきなのでしょう。表題曲は1969年に「サルビアの花」と同じアルバム
で世に出ました。「おなはなん なら有難し 竜馬 来たれば有難し 旅路あるのも…」
この歌詞でだいたいあの頃の歌かとわかる人もいますよね。岡林信康カバー
ありますが、もちろん電波に乗ることのない歌です。「お上のー わざは 有難し」



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