コラム

OYAJI NO UTA

by 安藤弘志

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オヤジのうた曲名リスト

VOL.143 * 2004/10/31


 「ブルーレディに赤いバラ」 アンディ・ウィリアムズ

少年期のポピュラー音楽に関する記憶を場面でイメージすると
日曜日の午後の風景と重なることが多いのです。考えてみれば、数多くの
スタンダードナンバーに初めて出あったのがNHKテレビ日曜13時台の
「ミッチ・ミラーショウ」「アンディ・ウィリアムズショウ」といった番組だった
せいでしょう。家族で昼食をとった後の1週間で最もくつろいだ時間に
似合ったのは表題曲や「モア」「ハロードーリー」などミディアムテンポの
しゃれた音楽でした。あんな番組を今望むのは無理でしょうかね。




VOL.142 * 2004/10/30


 「恋はみずいろ」 森山良子

「今日の日はさようなら」が最初にレコード化されたのはこの曲のB面としてでした。
1967年ユーロ・ビジョンコンテスト入賞曲としてヴィッキーの「恋はみずいろ」
がヒットしかかった時に、多分おなじフィリップスレーベルということで
日本盤競作の歌手として森山に白羽の矢が立ったと思われます。
そのせいかオーケストラのアレンジもオリジナルとまったく同じです。
当時家で購入したばかりのステレオ再生装置に耳をそばだてて聴いていた
中学生の私の印象に残ったことのひとつに、はっきり聞き取れる息継ぎの声が
なんとなく生々しくて感動したことを覚えています。


「恋はみずいろ」森山良子シングル盤画像
「恋はみずいろ」森山良子 シングル盤

VOL.141 * 2004/10/29


 「カーザ・ビアンカ」 ヴィッキー

カーザ・ビアンカはイタリア語で白い家。1968年のサンレモ音楽祭の
2位入賞曲を当時人気上昇中の少女歌手ヴィッキーが日本でもヒットさせました。
彼女はギリシャ生まれ、ドイツ出身のヨーロピアン・シンガーとでも言うのでしょうか、
いろんな言語でレコードを吹き込み、いろんな国でヒットさせる欧州圏の歌手のひとりです。
中学に入ったばかりの坊主頭のポップス少年にとっては、彼女の
清楚なストレートヘアーのいでたちに親しみが持てたのでしょう。「待ちくたびれた日曜日」とか
表題曲の日本語盤など口ずさんでいた記憶がうっすらとあります。




VOL.140 * 2004/10/28


 「心はスローダウン」 伊東ゆかり

時刻は秋のたそがれどき、福岡市の香椎方面から車を走らせ箱崎で都市高速へ
そして築港から天神北へ向かうあたりで自然渋滞のスローダウン。
真上を横切って降りていくエアバス、見下ろせば貨物船の明かり。
こんなBGVが似合う表題曲は、上田正樹「悲しい色やね」など作曲の林哲司
によるものです。バックコーラスに乗って軽快に歌い上げる伊東ゆかりの声が
車の中でおしゃれに響きました。ただし1980年代の彼女の音源が
レコード会社の版権の都合からかベスト盤からも欠落しているのが残念です。




VOL.139 * 2004/10/27


 「ムーン・レイ」 ロイ・ヘインズ4

ジャズドラマーのロイ・ヘインズがリーダーのアルバム「アウト・オブ・ジ・アフタヌーン」は
企画、選曲、演奏、ジャケットデザインなど総合的な趣味の良さで際立つ一枚です。
彼はチャーリー・パーカーレスター・ヤング達と歴史的な演奏を残した頃から
地味ではあっても主張するところは主張する気骨も感じさせるドラマーでした。
1962年のこの作品では強烈な存在感のローランド・カークと対峙して
触発された表現を追求することにより、ドラムスの存在を増すことに成功しています。
もちろんピアノのトミー・フラナガンがバックでバランスを発揮している功績も大です。
アーティ・ショウの表題曲はレコード鑑賞の最初に針を落とすことの多かったナンバーです。


「アウトオブジアフタヌーン」ロイ・ヘインズLP画像
「アウトオブジアフタヌーン」ロイ・ヘインズLP

VOL.138 * 2004/10/26


 「ボサノバ」 研ナオコ

この季節、郊外のすいた道路をドライブするときなど似合うのがこんな曲です。
1980年代の研ナオコは中島みゆき五輪真弓などのナンバーを含め
いわゆるニューミュージックの中でも質の高い楽曲に恵まれ、
なおかつそれらを充分に歌いこなせるシンガーでした。
表題曲の作詞作曲はシンガーソングライターの福島邦子ですが、
研ナオコのヴォーカルのちょっとこすれたような感じのくたびれかたが
原作に無いふくらみをもたらした傑作でしょう。




VOL.137 * 2004/10/25


 「涙のさだめ」 ボビー・ソロ

秋も深まると日本酒やカンツォーネが心にしみます。60年代に日本でもはやった
サンレモ音楽祭入賞曲を中心とするイタリアンポップスを
聞くときは、たとえば樽酒の日本酒などがふしぎと合うのです。
さておき、ボビー・ソロは1964年の「ほほにかかる涙」のヒット以後
65年の「君に涙とほほえみを」そして66年の表題曲と、
美しいメロディを味のある歌唱で表現してイタリアのエルビスとまで言われました。
出だしのフレーズの「ジンガーロー」というのはジプシー女を意味するようです。




VOL.136 * 2004/10/24


 「サラブレッドマーチ」 渡辺岳夫

中央競馬のクラシックレースを初めてナマで観たのは1976年の「菊花賞」です。
テンポイントというスターホースに引き寄せられて淀の京都競馬場の門をくぐりました。
緑のターフにスワンの池、巨大なスタンドに7万人の人々。驚くことばかりでしたが、
やがてメインレースの出走馬たちが本馬場へ入場するときに表題曲が鳴り響きました。
当時関西地区の重賞競走に使用されていた編曲は、現在のバージョンと異なり
ファンファーレ様の出だしに続いて勇壮なマーチと、さらにトロットを想わせる変奏部分
から成っており大レースの期待を見事に盛り上げるものでした。関西TVの実況アナ
杉本清氏がこの曲にのせて各馬のコメント紹介をする形式を開発し、今も定着しています。


競馬名勝負一番LP画像
「杉本清・競馬名勝負一番」LP

昭和51年菊花賞の前売り入場券

VOL.135 * 2004/10/23


 「懐かしのストックホルム」 ポール・チェンバース

表題曲(Dear Old Stockholm)は北欧の民謡をもとにスタン・ゲッツ
アレンジした美しいスタンダードジャズです。バド・パウエルマイルス
演奏もイイですが、ベース奏者ポール・チェンバースによるものが、
とどめをさしたという感じで忘れられません。
東芝EMIの名盤復刻シリーズ「ブルーノート決定版1500」に
この演奏を含む彼のリーダーアルバム「ベース・オン・トップ」が
収められています。ジャズファン以外の皆様へもおすすめです。




VOL.134 * 2004/10/22


 「セイタカアワダチソウ」 十朱幸代

この季節、空き地や土手に黄色い穂を並べて広げている大型の雑草
ひと昔前は外来種による生態系破壊の象徴として糾弾されたのに、
いまや日常の風景に溶け込んでしまい話題にのぼることも稀です。
1977年に女優の十朱幸代によって歌われた歌謡曲「セイタカアワダチソウ」も
今では音源を捜すことも困難になっているみたいです。
♪誰かとどこかで 折り合いつけて ポプコンみたいに 弾けよか
こんな歌いだしで米駐留軍のG I に翻弄されてしまった女(たぶん?)が、
それはないじゃない とつぶやく素敵な雰囲気の漂う歌でした。




VOL.133 * 2004/10/21


 「雨をよごしたのは誰」 ジョーン・バエズ

マルヴィーナ・レイノルズ1962年の自作ヒットがバエズによってスタンダード化された
プロテストフォークソング。歌詞の中に核兵器を指す単語が出てくるわけではなく
淡々と情景描写が続きます。沈黙の世界に降り注ぐ雨、そよぐ風、かつて在った草や少年。
それらが And the grass is gone, the boy disappears, and rain keeps falling like helpless tears.
と語られ、軍拡と兵器開発の競争が行きつく先を強烈に暗示します。
「ドンナ・ドンナ」にしろ「ポートランド・タウン」にしろ、
ジョーン・バエズの持ち味は淡々と少しずつ盛り上げる訴え方なのです。




VOL.132 * 2004/10/20


 「ボクは風」 五つの赤い風船

この時期の風船の楽曲は、西岡たかしによるひねくれ者的独白を
モチーフにしたものがやたら多いです。ただし一見、斜に構えてはいますが
けっして他者を拒絶するものではありません。「こんな価値観も在って
ええんと違う?」といったメッセージがしっかり伝わってくるのです。
♪身動きひとつー できなくしてー しまうんだーかーら ボクは騙されないよ
言葉にメロディをのせるやり方が尋常ではないので
そのぶん強く心にひっかかって残ります。


「ユアオンリーロンリー」シングル盤画像
「ユアオンリーロンリー」JDサウザー シングル盤

「風がなにかを」五つの赤い風船 シングル盤


VOL.131 * 2004/10/19


 「ユア・オンリー・ロンリー」 J.D.サウザー

社会人になって間もない頃の記憶に残る曲。学生時代と違って
アダルトオリエントな好みが増し、マニアックな曲に接する機会も減りました。
サウザーはイーグルスリンダ・ロンシュタットと関係の深いアーチストで、
表題曲は1979年の全米7位のヒットですが、日本でもかなり長い期間に渡って
あちこちで耳にしました。もっと若い頃に聴いたジェームス・テイラー
マイケル・フランクスなどに匹敵する気に入り方だったのですが、
仕事に追われていたせいかアルバムを手に入れるほどの余裕はありませんでした。



VOL.130 * 2004/10/18


 「八ヶ岳」 高石友也

杉田二郎との共作による日本フォーク名曲のひとつ。1977年に
福井県名田庄村の廃校に移り住んだ高石のもとに、杉田がギターを
かかえて遊びに行き出来上がったとの話です。
秋の高原の澄んだ空気のなかで休日を過ごす若い夫婦と幼い子、
聴く者にあたかも自分の体験かと錯覚させるような現実感です。
♪あしたから 街暮らし また 始まる 八ヶ岳は もうすぐ 初雪なんだね
最後の一節だけとっても、休日と日常、自然と都会の対照から
寂しさと温かさが同時につたわってきます。




VOL.129 * 2004/10/17


 「恋はフェニックス」 グレン・キャンベル

この曲がヒットした当時、中学生だった私は歌詞の意味も知らず
「ウイチタ・ラインマン」の歌手が今度歌うのは布施明みたいな題名だな、
などと思った記憶しか有りません。しかし成長した後、かみしめて聴くと
心の中のナイーブな部分を強烈に揺さぶる曲だとつくづく思います。
病気で学校を休んだときとか、職場の代表でひとり会議に出張するとか、
そんなときに時間に応じて「今ごろ学校(職場)ではみんな○○をしている頃だ」と、
どこか申し訳ないような気分で想像することはないでしょうか。
その感覚が、愛した人との別離にからんで泣かせる曲なのです。




VOL.128 * 2004/10/16


 「色づく街」 南沙織

考えてみれば南沙織という人は、さしずめ「秋の女王」と呼ばれそうなほど
秋を感じさせる楽曲の多い歌手でした。表題曲や「哀愁のページ」といった
タイトルから秋を感じさせるもののほかに、デビュー曲の「17才」そして
「潮風のメロディー」にしても夏を思いだすシチュエーションからして
季節に分けるとすると秋でしょう。ただし「人恋しくて」は、暮れそうで暮れない
春先の日が長くなった時分の話ですね。もしも彼女が沖縄や海のイメージだけで
秋の雰囲気を持っていなかったとしたら、短命のアイドルに終わったかもしれません。




VOL.127 * 2004/10/15


 「天国への扉」 ボブ・ディラン

1973年のサム・ペキンパー監督の映画「ビリー・ザ・キッド」は、
ボブ・ディラン、クリス・クリストファーソン、リタ・クーリッジというキャストを聞いて
すぐ観るしかないと、封切り早々出かけました。時代の変化に対応して
無法者から足を洗い保安官になったパット・ギャレット(ジェームス・コバーン)に対して
時代に乗れずに若くして死へ突き進む主人公という、新撰組とも通じる構図。
それを見守る観察者として、かつて「時代は変わる」を歌ったボブ・ディランを
配したのはアメリカンニューシネマの面目躍如というところ。
あの世の扉をノックする表題曲の歌声がなんとも効果的でした。




VOL.126 * 2004/10/14


 「めまい」 石野真子

1980年頃のアイドルPOPSの楽曲の中でも川口真の作・編曲によるものは
運転中に聞いたり、ビールのアテにするのに最適なものが多いようです。
岩崎宏美や河合奈保子ほど曲数はありませんが石野真子の歌う
表題曲は有馬三恵子の詞も良いし、聞いていて心地よい1曲です。
♪逢えない日暮れ 部屋中をひとり踊る めまいのような せつなさにあふれながら
1拍目にアクセントを置いた小節が連続して雰囲気の出たところで
♪わたしはもう あなたに夢中よー」「はじけそうな この胸この愛ー
対照的に声の伸びる部分が小気味よく響きます。



「愛のプレリュード」シングル盤画像
「愛のプレリュード」カーペンターズ
「狼なんか怖くない」石野真子
「狼なんか怖くない」石野真子

VOL.125 * 2004/10/13


 「愛のプレリュード」 カーペンターズ

カーペンターズの日本初シングル「遥かなる影」のリリースが1970年の今頃。
私はその次のシングル「愛のプレリュード」を小遣いから400円はたいて買っています。
たぶんカップリングの「恋よ、さようなら」 I'll Never Fall in Love Again に
ひかれて買ったのだと思います。とにかくバート・バカラックのサウンドは
田舎の中学生にとっても非常に現代的でカッコよかったのです。
男女カップルのコーラスは当時日本でもはやりだったのですが、
兄と妹の組み合わせで、妹はドラムスをたたきながら歌うというのを聞いて
最初はキワモノ的な印象が少しあったのを覚えています。




VOL.124 * 2004/10/12


 「さよなら ぼくの ともだち」 森田童子

1975年頃の学生運動の状況はつい2,3年前とはうって変わって、
ほとんどの大学では熱心な者だけやっているという程度に沈静化していました。
私の見聞きした範囲でもジクザグデモのやり方も「インターナショナル」の歌詞も
知らない学生が大半で、70年安保闘争の主役だった団塊の世代の
次のエイジにあきらかに交代していました。森田童子(どうじ)の表題曲の中で
仲間がパクられた朝という表現が出てくるのを聴いたとき、政治的な根源性が
サブカルチャーの中へだんだん拡散していく流れをぼんやりと感じていました。




VOL.123 * 2004/10/11


 「ワン・ツー・スリー」 レン・バリー

オールディーズの洋楽ヒットをリアルタイムで聞いた最古の記憶をさかのぼると
多分1965年頃、私が文字通りティーンエイジの端緒についた年でした。
半ズボンのガキが姉の聴くビートルズと共に耳に入れたのは、
以前にも触れたシュープリームスやこのレン・バリーでした。
ブランダ・リーマージョリー・ノエルの記憶もあるのですが、
はじめて意識的に聴いた曲として認識しているのはずっとこの曲なのです。
モータウンサウンドの中でも耳当たりが良く何より曲名がわかり易かったからでしょうか。




VOL.122 * 2004/10/10


 「秋田馬子唄」 山平和彦

その昔、中波のNHKラジオで夜10時台にけっこう硬派の音楽帯番組を
やってました。番組名は「若いこだま」、日本のミュージックシーンに
さまざまな影響を与えた人達がパーソナリティとして名を残しています。
1972年頃に吉見佑子の紹介で山平和彦というシンガーを知ったのもこの番組でした。
民謡を演出の小道具として部分的に使うのでなく、まるごと取り込んで
新しい形で表現する試みは、赤い鳥五つの赤い風船によってある程度実現されていました。
それでも山平の「あべやーこの馬ー」の叫びが、フォークのフレーズとして
自分の歌と化しているさまは、見事に衝撃的ですぐにまねして歌っていました。




VOL.121 * 2004/10/09


 「ニューヨークの秋」 メル・トーメー

秋が深まるとヴァーノン・デューク作曲のスタンダード「ニューヨークの秋」が
FM放送などでもよく取り上げられます。ただし、ちょっと不満なのは
ニューヨークがもっとも似合う男性歌手メル・トーメーの盤があまりかからなこと。
彼は1963年のMGM映画「ニューヨークの休日」の音楽を担当していますが、
この中で表題曲をはじめニューヨークにちなんだ名曲をいかにも
都会的で洗練されたセンスで歌唱しています。このときの録音は
アトランティックから MEL TORME Sings SUNDAY IN NEW YORK のタイトルで
出ていましたが未だCD化されていないようで残念です。


「ニューヨークの休日」メル・トーメーLP画像
「ニューヨークの休日」メル・トーメーLP

VOL.120 * 2004/10/08


 「草子の散文詩」 メープルリーフ

羽仁進監督の映画「午前中の時間割」(1972年東映)のテーマソングなのですが、
残念ながら私は映画を見る機会がありませんでした。ただ、テーマソングだけが
決してヒットしたわけでもないのに記憶に刻まれています。
映画の音楽担当とメープルリーフのプロデュース役が「空に星があるように」や、
「いとしのマックス」で有名な荒木一郎で、この曲の作詞もしています。
アルバムの宣伝文句には、「ピースフルなメッセージとスピリッツ・・・
プログレッシブなサウンド、疾走するヤングソウル誕生」と謳われています。
バックのリズム隊も深町純(p)、日野元彦(ds)、荒川康男(b)と豪華です。



VOL.119 * 2004/10/07


 「白いバラ」 キャット・スティーブンス

1971年の「雨にぬれた朝」の大ヒットで有名なキャット・スティーブンスですが
この「白いバラ」は70年にジリオラ・チンクエッティに提供した曲で72年頃には
彼自身の歌でもヒットしました。どちらの曲も歌詞は宗教的で
創造主としての神へよせる崇拝の気持ちが綴られています。
キャットはのちにイスラム教へ改宗し名前もユスフ・イスラムと改めました。
先日の海外ニュースでひさしぶりに彼の名をみつけました。
ロンドンからワシントンへ飛ぶ旅客機に彼が搭乗し、離陸した後に彼がテロ対策の
要注意人物リストに載っていることが判明、急遽着陸地が変更されたと報じられていました。




VOL.118 * 2004/10/06


 「恋の気分で」 田園ハウスバンド

数十年前のどうでも良いような些細なことでも、ふとよみがえって
「あれは何だったんだ?」と気になることありますよね。インターネットのお陰で
どんなマイナーな話題でもちょっとは消息をたどれます。
今回気になったのは大阪梅田の阪急東通りにあったレストランビル「田園」。
検索でいくつかヒットしましたが「跡地」という表現もあるので最近姿を消したようです。
3フロアかそれ以上ある大型レストランの吹き抜け部分がエレベーター式の
ステージになっていてピアノやビブラホーンを交えたバンドが数曲ごとに
上下して演奏するのです。覚えている1曲が I'm in the Mood for Love です。




VOL.117 * 2004/10/05


 「夢恋人」 藤村美樹

渡辺プロダクション全盛期のTVバラエティ「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」もついに
DVD復刻されるようです。NHK「歌のグランドショー」バックコーラス出身の
キャンディーズにとってTVショウはもともとふさわしい活躍の場でしたが、
特に伊藤蘭田中好子にとっては女優への踏み切り台としての意味もあったのでしょう。
時を経て連続ドラマ「さくら」、「ちゅらさん」でヒロインの母親役にぴたっとはまっている
昔日のアイドルに対してオジサンは感慨ひとしおです。そんな中で姿を見ないぶん
贔屓したくなるのがミキちゃんなのですが、解散後しばらくして
ソロでリリースした表題曲など秋の午後にひとりで聞きたい気分です。


「夢 恋 人」藤村美樹 LP画像
「夢 恋 人」藤村美樹 LP

VOL.116 * 2004/10/04


 「ファイアー・ワルツ」 マル・ウォルドロン

私の通った大学の教養課程は京都の伏見稲荷からちょっと下ったところに
あったのですが、京阪電車と反対の方向へ行った竹田街道沿いの2階に
こざっぱりしたジャズ喫茶があって時々ひとりで利用していました。
アルテックのボイスオブシアターという黒いスピーカーをマッキントッシュの
アンプで鳴らす音と、豪華なソファが快適でつい長居をすると
昆布茶が出てくるというような店でした。今でも覚えているのは
エリック・ドルフィーのファイブスポット録音盤の表題曲を聴いているうちに
ピアノソロがツボに嵌ったのでしょう、みごとに全身鳥肌状態を経験しました。



VOL.115 * 2004/10/03


 「帰れない二人」 井上陽水

「思ったよりーも 夜つゆは冷たく」で始まるこの曲も、はや30年前。
今の若い人たちも十代の男女のあいだでいかにも起き得る事として、
この曲にリアリティを感じるのでしょうか。さらに、この二人の
後日の物語ともとれる「あどけない君のしぐさ」にいたってはどうか。
「僕のセーターは とても大きくて 君はとても絞れないと…」
今時どんなに貧乏でも自動洗濯機くらいありそうですね。
同じように感じられなくても文庫本の青春小説を読むようなつもりで、
今の若い人も聴いてみて欲しいとも思うのです。



VOL.114 * 2004/10/02


 「ハロー・リバプール」 カプリコーン

この季節にふさわしい曲としてピンキーとフェラスの「マンチェスターとリバプール」
が先ず浮かんだのですが、現在のオールディーズ登場頻度からすると
ポピュラー過ぎるなどと逡巡しているうちに、同じ英国の紅一点コーラスグループの
表題曲を思い出し、勝手に頭の中で演奏が始まってしまいました。
調べてみると日本でのヒットは1971年5月頃で「ある愛の詩」(アンディ・ウィリアムズ
などと同時期です。カプリコーンはその後1972年のヤマハ世界歌謡祭で
「ナオミの夢」、「ただ愛に生きるだけ」に続く第3回グランプリを
「恋のフィーリング」で獲得することになります。



VOL.113 * 2004/10/01


 「望 郷」 山崎ハコ

筑後川の上流、日田の街は福岡、大分、熊本の三角形の中央にある静かな街です。
1970年代なかばに出現したシンガーソングライター、山崎ハコにとって
「帰ろうか 帰ろうか 田舎のあの家へ」と素直に語れる故郷は、
高校時代をすごした横浜を経由して大分県日田市にたどり着きます。
彼女のデビューアルバム「飛びます」を聴いた学生時代に感じたことは
「橋向こうの家」など真崎守ふうの劇画を連想させるなという印象でしたが、
同時に九州と連絡する寝台列車のようなやすらぎの期待もあったのです。



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