コラム

ジャズ 120-60
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OYAJI NO UTA

by 安藤弘志

'04-6月分  '04-7月分  '04-8月分  '04-9月分   '04-10月分  '04-11月分
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オヤジのうた曲名リスト

オヤジのうた御愛読ありがとうございます。お陰さまで365回、拙い筆ではありますが毎日更新することができました。
今後は曲名以外もタイトルに据えたりしながら、不定期でオジサンのメッセージをお届けしたいと思っております。

VOL.405 * 2005/12/25


春よ、来い 」 松任谷由実
with Friend Of Love The Earth

内閣府の世論調査によると、中国に親しみを感じる人は32%、韓国に対しても
韓流ブームによる上昇が下降に転じて51%にとどまった、ということです。
内閣の長が、靖国への参拝で両国との関係を悪化させておいて自らこの数字を
発表するというのは、なんとなく国民レベルでの反感を煽っているような気もしますが。
そんな中、ユーミンと中国、韓国、シンガポールの歌手による活動には敬意を感じ
応援したくなります。万博ライブのTV放映では表題曲や「卒業写真」を中国の女性歌手
aminが心をこめて楽しそうに歌っているのが印象的でした。民主党の代表を務める
政治家がいかに中国の軍事的脅威を言いつのろうとも、音楽によって紡がれた絆は
簡単には細らないし、ましてや切れることなどないと断言できるのです。

役に立つ買物情報も毎日更新していますのでどうぞ

VOL.404 * 2005/12/17


「コスタリカからの手紙」

本日付の朝日新聞「私の視点」掲載のコスタリカ元大統領オスカル・アリアス氏が、
日本人に宛てた便りに感銘したので、読んでない方の為に紹介させてください。
*日本が憲法を変えて軍事力を強化することは、世界の発展途上国に負の影響を及ぼす。
*日本は今まで寛大な対外援助でコスタリカはじめ途上国の尊敬を得てきていた。
*それが近年は援助を減らすと同時に、自衛隊にはその4倍もの予算を割くようになっている。
*軍事に歯止めのない国の政府が、国民の窮乏をよそに軍備の欲望を膨れ上がらせる例は多い。
*ラテンアメリカでも国内での飢餓、病気、教育の不足をよそに、軍備に多額の金を
使う国は多いし、米国がそもそも軍のために国内の必要や他国への援助を不足させている。
*私は、日本が間違った安全保障観にとりつかれないよう心から願う。
*日本が途上国に薬や浄水器を送るなら途上国の多くの命が救われる。それが地球の
安全に寄与することになるし、軍国主義の虫に取り憑かれた国へメッセージとなる。
−どうです。たとえサッカーで勝てたとしても、政治家の質を較べたら負けそうじゃないですか。


VOL.403 * 2005/12/16


「仰木さんを偲んで」

私の最も好きな日本の野球人のひとりが居なくなってしまいました。
小学三年で野球に目覚めた頃に仰木さんと同じ背番号をつけた話は以前書きましたが、
考えてみれば「仰」の字を始め、高倉、玉造、城戸、和田、田中久寿男などの漢字は
ほとんど当時の西鉄ライオンズの選手名から覚えた気がします。1964年のことです、
仰木さんも西鉄球団そのものも全盛期を過ぎた頃だったのは残念ですが。
1988年に近鉄バファローズが仰木監督になった年に私はキャンプ地の日向市で
仕事をしていました。大石やブライアント、金村といった打者や阿波野、野茂、吉井の
投手陣を率いてのびのびとプレーさせる姿に西鉄の血が継がれていることを
感じさせられました。仰木さんのあの笑顔が見られないのは寂しいですけど
イチローを含めて多数のナイスプレイヤーが彼の遺したものを後世に継ぐことは
間違いないでしょう。これからも彼らを贔屓にして声援する楽しみがあることは幸せです。



日向キャンプ時代の仰木さんの姿

VOL.402 * 2005/12/11


「虹を追って」 ペリー・コモ

1918年くらいのニューヨークでの話。売れっ子のボードビル作曲家が友だちと
川べりに座り込んでおしゃべりをしていました。友人が尋ねます。
「流行歌作家というのは、今日は高い雲の上のことを考えていても、明日は失望して
どん底に転げ落ちたりするんだね。」それに応えて作家は、「なぜかっていうと
僕らは何時も虹を追いかけてるんだよ。虹はけっして掴めるもんじゃないのにね。」
これを聞いた友人は心にピンをきたのでしょう。「おい、『何時も虹を追いかけて』というのは
いかしてるよ。曲を作ったら題名だけでもヒット間違いなしだ。」と叫びました。
流行作家すなわち ハリー・キャロルはすぐに作曲を始めましたが頭に虹を思い浮かべると
なぜかショパンの「幻想即興曲」の中ほどのモデラートの部分が流れ出したのです。
クラシック翻案のポピュラーソングの草分けとも言えるI'm Always Chasing Rainbows は
このようにして生れたとのことです。(参考文献→野口香文著「ジャス楽曲の解説」1951)
♪ Some fellows make a winning sometime, I never even make again, Believe me,
I'm Always Chasing Rainbows, Waiting to find a little bluebird in vain.


VOL.401 * 2005/12/04


「ワシントン広場の夜は更けて」 ダークダックス

1964年に世界的ヒットをしたこの曲はボブ・ゴールドスタイン作詞作曲で、
フォーク/ディキシースタイルのグループ ヴィレッジ・ストンパーズが演奏し
同年のキャッシュボックス年間チャート31位に入りました。日本ではいちはやく
ダークダックスがカバーして子供の耳にもしっかり馴染みましたね。
♪静かーなまちの 片隅に 冷たーい風が 吹きぬける ワシントン広場の…
漣健児の詞は訳詩というよりイメージから創作したような冬の情景描写が続きます。
♪冷たーい風が 吹きぬけて 黒い落ちーばが ただひとつ…、二番三番と
前のコーラスの後半フレーズをひきずった繋がりが奇妙な効果を出しました。
ニューヨークのグリニッジビレッジの隣にある現地は実際にはずっと賑やかなようで、
原曲も野外につどう人々の楽器と歌の盛りあがるさまを表現しています。
ダークダックスの解釈は、「モスクワ郊外の夜更け」に通じるエキゾチックな
叙情を意識した仕上がりで当時の日本人の心をとらえたのです。


VOL.400 * 2005/11/27


日産ブルーバード

プリンス自動車を合併吸収する前の日産の車にも触れておきましょうか。
生れて初めてタクシー以外の乗用車に乗ったのは、やはりこの頃1963〜64年
だったと思います。当時、無線機のトップメーカーのトリオ(現ケンウッド)に勤めていた
親戚中でいちばんハイカラだった伯父のマイカーに乗せてもらったときのことです。
車種は初代ブルーバード。はしゃいで乗り込みましたが道路の舗装も悪かったのでしょう、
荻窪から川崎までのドライブの最後には車酔いしてしまったような記憶があります。
その翌年の正月だと思いますが家族で銀座へ出かけ四丁目の交差点に出来たばかりの
三愛ビルのショールームで二代目ブルーバードに対面しました。円筒形ガラス張りの
ビルの二階に自動車が入っていることに何より驚きました。ピリン・ファリナによる
欧風デザインの410型はのちにニッポン放送の今仁哲夫氏により「国産ムスタング」
と呼ばれたりもしますが、小学生の私はなぜかアルマイトの弁当箱を連想しました。


VOL.399 * 2005/11/24


「プリンス自動車」

日本グランプリを初めて制した国産プロトタイプスポーツカー、R380の物語が
先日も再放送されていましたが、日産と合併する前のプリンス自動車を知る人も
そろそろ五十代以上の世代ということになってきました。東京オリンピックの頃に
杉並第五小学校というところで3年生だった私の記憶に残っていることをいくつか。
いつの遠足だったか、社会科の見学を兼ねて関東バスの貸切で「杉並めぐり」をしました。
ブルドッグソースの次に訪れたプリンスの荻窪工場では自動車ばかりでなくロケットの
開発にも参加している話など聞きました。車に詳しい友達がプリンスグロリアスーパーシックス
というのは百馬力を越すスゴイノダ!と興奮していました。しばらくしてグロリアの
フェンダーミラー支柱の弾丸型の部分が歩行者と接触した場合に危険と問題になりました。
スカイラインのレース仕様車、2000GT-Bはジュディ・オングの愛車だという話題も。
一方で当時、東京都のマークをつけてそこらじゅう走り回っていた汲み取りトイレ用の
バキュームカーの車種でまず思い浮かぶのがプリンス・ホーマーだったのです。


VOL.398 * 2005/11/18


「日本はそんなにチャチャチャか」

バレーボールの全日本チーム応援から始まったといわれる「ニッポンチャチャチャ」
の掛け声がキライなのです。この掛け声があるために、ついつい日本の相手チームを
応援してしまう私はヒネクレ者でしょうか。こんな私でも実は、自らの帰属する地域への
思い入れは決して弱くはありません。特に東西が対決するスポーツでは必ず西日本側を
ひいきにしています。プロ野球、高校野球は言うに及ばず、甲子園ボウルでは関学や
立命館を、競輪なら神山より吉岡を、競馬の重賞でも関西馬を選び出して応援して
しまうのです。ですから、そんなにニッポンがいやなら日本人やめろと言われた場合、
やめてもイイのですが、西日本人はやめられまへん堪忍してということになります。


VOL.397 * 2005/11/07


「黄昏のビギン」 ちあきなおみ

日曜の夜はNHK-BSの「歌伝説 ちあきなおみの世界」で楽しみました。
7時半からの90分間、すべて彼女の歌唱とサイドストーリーのみで構成された内容、
代表曲がほぼカットなしで次々と流れたので堪能できました。ごちそうさま。
ところで、こんな番組が民放のゴールデンタイムでなぜできないか理由を考えてみました。
高額な放映料をまかなうため相乗りが常套となったスポンサー達にとって、番組を
見てくれる視聴者は幅広いことがまず重要。だから歌番組の顔ぶれも毎度幅広い
メンバーで、歌ばかりでなくお笑いやゲームをからめたりバラエティ化していきます。
それと番組を見てくれるのは、消費行動時にしっかり基準を持った層よりも
深く考えずにムードに乗せられ易い層の人々が多いほうがCMの効果があがりそうです。
新聞のTV欄で8時台に並んだ番組をながめて「こんな番組誰が見るんだ」と思って
いる人にとっては想像しにくいマジョリティが確かに存在するようなのです。
テレビなら見なきゃすむことなのですが、同じマジョリティが政治を左右したりすると
困ったことになります。小泉さんはうまく利用しているみたいですが。


VOL.396 * 2005/11/01


「夕陽のガンマン」 セルジオ・レオーネ

1966年の表題映画を昨日、そして67年の「続・夕陽のガンマン」を今、TVで観ています。
どちらも小学校高学年の時分に夢中で見たものです。懐かしさと同時に、よくまあ
こんなにバタバタと人が殺される映画を好んだ私が良い子から良い大人?に成長できた
もんだと我ながら感心したりしてます。自ら手を下すゲームと異なり、よくできた紙芝居を
見せてもらっているような接し方でしたからね。影響を受けてやった悪さといえば、田んぼで
カエルの口に爆竹を突っ込んで吹っ飛ばした程度です。ゴメンナサイ。 ところでふと思ったのは
昔は街中でピストルや刀を持った男がうじゃうじゃ居たんですよね。それに較べれば
今の日本は良いほうに進んでいるのでしょう。それと、昔の映画を見ると始終タバコを吸う
場面が有って違和感を覚えますが、これもその頃には当たり前だったんですよね。
銃刀もタバコも無くなる方向に時代は進んでいるのに、時代に先がけて「軍」を
無くした日本が今さらそれを持とうとするのはやっぱり納得できません。


VOL.395 * 2005/10/27


「阪神ノックアウトシリーズ」

阪神が四連敗して終わった今年の日本シリーズ。格闘技に例えるなら、
昔ながらのプロレスのつもりでリングに上がった阪神に対して、セメントマッチで
臨んだロッテが1ラウンドでKO勝ちしてしまったような感じです。阪神は金本の長打、
今岡の打点、JFKの投手力などの得意技を全く出せずに終わりました。
たぶんセリーグの野球の感覚では、一部打者の「登場メロディ」使用に象徴される
ような、毎度おなじみワンパターンが長く通用し、それを期待するムードさえ在ったのでしょう。
暗黙のうちに互いの得意技を前提的に認めることが、観客やメディアに受けるという意識です。
ロッテの野球は全く逆に私達の予想を超えた要素を次々と眼の前に出してくれました。
私たちがワクワクしながら楽しみ続けられる野球がどちらの野球かは明白です。
株式投資に理解の無い阪神フロントも、今回のロッテの勝利に貢献したアナリストの
力は認めるべきですし、何よりバレンタインの追及する真摯なセメントマッチ野球の
レベルの高さを感じ取り、少しでも近づく努力を始めて欲しいと願います。



VOL.394 * 2005/10/20
 


「靖国ディベート」

小泉VS野党の党首討論、年々失望の度合いが増すことをボヤイてもしょうがありませんが
昨日も酷かったですねえ。「(小泉)平和と繁栄は…過去の戦場で倒れた方々の尊い犠牲
の上にあることを片時も忘れてはならないと参拝している。それがどうしていけないのか。」
私ならこう答えます。「あなたは国の平和と繁栄のためには国民が犠牲になって死ぬことも
考えているのか。戦場に散った方々は国家に殺されたのであり、二度と国民の命の犠牲を
もって平和と繁栄を図ろうなどと考えてはいけない。参拝は国民を死に追いやった責任者に
対してもすることになるからいけないのです。軍人以外の空襲の犠牲者などが除外された
いびつな慰霊施設だからいけないのです。」せめてこれくらいのことは言って欲しかった。
それが「(前原)ポケットからさい銭出してチャリン、こんな不謹慎な話はない…」まったく
論じるポイントがずれています。小泉さんの今回の参拝の仕方は外国への遠慮ではなく
国内のマジョリティ庶民に対する迎合であることぐらい見抜いて欲しいのです。
世論調査で参拝支持が半数という数字が、憲法の運命と重なってなんとも悩ましい−

 

VOL.393 * 2005/10/13


「恋のときめき」 本郷直樹

秋の夜風に頬をなでられて久しぶりに歌謡曲のコラムを書きたくなりました。
思い浮かんだのは1971年の阿久悠中村泰士コンビの表題曲。
中学生時代に深夜放送でかかったのを聞いたり、あるいはレコードのスポットCMで
印象に残ったのかもしれません。この歌手のほかの曲の記憶はありません。
オムニバスも含めて発売中の再発CDも無いようです。曲の出だしは
♪この胸の 恋のときめき君にあげたくて 抱きしめて そっと背中に好きという字を…
サビでEのキーからC#に転調する(C→A♭に相当)しゃれた雰囲気が当時の
都会的空気の象徴のように、雑音交じりで九州に届く東京の電波から感じられました。
♪なかないで 恋は少しも悪いことじゃない 燃えるよな 熱い口づけ君にあげたい 君に

 

VOL.392 * 2005/10/06


「阪神球団株 上場を」

阪神タイガーズの株式上場という村上ファンドの提案に対して電鉄側は今のところ
その気が無いという反応です。新しいことをやってみる事に消極的な阪神の社風なのか
仕方ないなと思っていたら、ナベツネはんがアホなことを言い出したので黙っていられなく
なりました。なんですか「球団や選手が株を空売りしたあとワザと負けることを企図して
八百長する恐れがあるからプロ球団が上場なんかしちゃいかん。」これって普通の企業でも
インサイダー取引じゃないですか。マスコミやファンの眼が一般企業の何十倍も厳しい中で
そんな事ができると思ってらっしゃるのでしょうか。あと懸念される株の買占めによる
球団乗っ取りですが、電鉄が上場している限り今でもリスクは大きいわけです。むしろ
球団を独立上場させて幅広いファン株主を確保する工夫を考えて頂きたいものです。
単位株数の引き下げに加え、法的に許されるか分りませんが、新株購入者の選抜に
際して本当のファンを優遇(六甲おろしを三番まで歌えたらOKなど)して割り当てるなど。
あとは毎年優待として株主だけのグッズなど支給すれば膨大な安定株主確保も容易ですヨ。

 

VOL.391 * 2005/09/27


「NHKの台風放送」

実は先日の台風14号で実家が床上30センチまで浸水、今だにボチボチと復旧作業
をしているところなのですが。今日のNHK総合TV「クローズアップ現代」を見ていて
ひとこと言いたくなりました。番組中、防災専門家の京大教授の話をもとに
「行政としては住民に避難指示を切実なものと感じるよう、伝え方や内容に工夫する
必要がある」という趣旨の課題が投げかけられたのです。しかし、放送メディアの情報提供の
在りかたに言及が無かったことが不思議でした。当日のNHK台風情報を見ていて、
午後になっても早朝の避難所の映像やコメントが繰り返し流されるので、それ以上何事も
ないのかと思っていたら、そのとき実は大変な状況になっていた訳なのです。
少ない人員で充分な最新映像など出来ないのだったら、ネットでリアルタイムに入手できる
レーダー雨量水位情報を流したほうがずっとマシです。現実は半日前の繰り返し画像や
旅客機の詳細な欠航情報など流され、逆に見る者の切迫感をそぐ結果になっていたのです。

 

VOL.390 * 2005/09/24


「後藤田さんとパンケーキ」

二十年前の今ごろ、私は宮崎市の神宮にほど近い郊外型ファミリーレストランの
店長をしていました。とある午後のアイドルタイムに店に現れたのはダークスーツの
男性の数人連れ、程無くして当時の官房長官、後藤田正晴氏と警護のSPだと分かりました。
尊大な態度のSP達とは対照的に、初老の政治家は謙虚な物腰でパンケーキとコーヒーを
召し上がっていかれました。総選挙後まもなくの訃報に接してあの日念入りに焼いた
パンケーキのことを思い出しています。あの後の二十年間の日本の政治は、警察官僚出身の
キレ者政治家を取り残して、じわじわと右にずれてしまいました。今夏に氏が評した言葉
「国民全体が保守化し、政治家がナショナリズムをあおる…」時代に、毅然とした
平和主義の政治家の系譜がどこかに絶えずに残ることを、ただ渇望するのみです。

 

VOL.389 * 2005/09/17


「今日の占い」

朝のTVニュース番組を見ていて「今日の占い」が始まると他局にチャンネルを
変えるので、7時半まで各局を行ったり来たりして見ています(7時半からは
BS2の連ドラと決まっている)。たぶん安定した「需要」があるので民放各局とも
占いを放送するのかも知れませんが、見ている人は本当に真面目に制作した
占いだと思っているのでしょうか。パソコンのプログラムを学ぶときにアルゴリズムの
好適な教材として占いの作成があります。乱数的に解答を組み合わせて提示する
動作はコンピュータの得意技ですが、選択肢の文章表現などはプログラマーの
テキトーな創作なわけです。そんな風に作られたものではないかと、TVに限らず
占い一般を見てみませんか。長いスパンで見ると幸と不幸の割合が均等するような
人間くさい考えの占いに、害はあっても益の無いことが見えてくるはずです。

 

VOL.388 * 2005/09/04


「プロ野球中継」 V

選挙制度の理想の姿を妄想したついでに、TVのプロ野球中継についても
勝手に”あったらいいな”と、無責任に考えて見ます。だってシーズン中の
晩酌タイムに「ナイター中継」が見られないのはやっぱり寂しい。だから、
地上波TVの放映権はプロ野球機構が一元管理してカード別ではなく何曜日の試合ということで
NHKを含むキー局に割り当てます。例えばTBS系は毎週水曜日は野球の日となるのです。
割り当てられたキー局では試合当日までにもっとも関心の高まりそうなカードを自由に
選び放映します。系列局のMBCではタイガース戦、RKBではホークス戦とか、ペナント争い
によっては同時中継。できれば時間枠を10時までに固定して早く試合が終わったら
別の球場へ切り替えるとかも自由にできるようにします。技術的に可能かは不明ですが
デジタル放送になれば視聴者が見たい試合に自由に切り替えられるというのが理想ですね。

 

VOL.387 * 2005/09/01


「必勝ハチマキ」

選挙でやめて欲しいものといえば、車載スピーカーからの白々しく歯の浮くような
「挨拶」なども思いつきますが、今回はハチマキの話。「必勝」と文字は威勢がいい
のですが、額の中心にあたる赤い丸は、どうしても急所を一撃うち貫かれた
いたましい姿を連想させてしまうのです。それも出血直後のいわゆる鮮血ですね。
けっして日の丸弁当の梅干の色ではありません(あたりまえか)。一体どうしてこんな
物騒でまがまがしいシロモノを好んで身に着けたがるのか感覚を疑ってしまうのです。
マスコミ各位にお願いしたいのは、郵政民営の賛否とともに、陣営が必勝ハチマキを
使っているかどうかも一覧表にして情報提供して欲しい。決意のシンボルとして
血をイメージするセンスは、政治家としての根幹の部分の評価に関わるものだと思うのです。

 



VOL.386 * 2005/08/29


「センキョ 9-11」 3

さて妄想ついでに、主権者の意思表示をもう少し拡げる制度を考えてみましょうか。
それは三枚目の投票用紙です。そこには自分の選挙区以外の全国全ての選挙区の
候補者から一人選んで記入する事にします。地元レベルの次元でなく、広域かつ長期的な
政策への努力に対して全国規模での評価を加味するのです。ただ懸念されるのは
親戚・知人の多い人など全国から投票依頼の電話が殺到して大変ではという心配。
これに対しては妙案があります。三枚目の投票では、氏名の前の欄に×をつける
ことによりマイナス一票とする事もできるようにするのです。威圧的な投票依頼に
迷惑したら対抗措置がとれます。地元利権に頼って臆面もなく立候補する汚職政治家
にとっても打撃になりますね。ぜひ実現したいと思いませんか。

 

VOL.385 * 2005/08/28


「センキョ 9-11」 2

で、選挙に行くのが二倍楽しくなる新制度を妄想してみました。まず比例区は
政党名を書く欄を三つにします。日本人の好きな微妙なバランス感覚が
反映されるようにするのです。二大政党が切磋琢磨することを望むなら、
自民、民主と書いて三番目の欄には今どちらかといえば支持するほうをもう一度
書けるようにします。自自民と書けば自民に二票、民主に一票入るわけです。
野党のチェック機能に期待して自民共としたり、組織に義理堅い人が公公公と書くのも
よいでしょう。二大政党の議会を持つアメリカ、イギリスがともに政権党のイラク攻撃決定を
許してしまったことを思うとき、日本が二大政党化する危険性の面にもっと目を向ける
べきでしょう。主権者は一人三票持てる贅沢感と参加意識が持てます。

 

VOL.384 * 2005/08/27


「センキョ 9-11」

国政選挙の開票番組を見るのは好きです。特に中選挙区の頃は当落線上の争いが
翌日まで続くため、睡眠不足の心配をしつつも速報から目が離せませんでした。
ただ最近では小選挙区になり、出口調査など予測精度も向上したためあまり楽しめません。
ところで9.11には小選挙区の候補者名と、比例区の政党名という二度の
投票機会があるわけですが、これで充分意思表明できると満足しますか?
私としましては、「二大政党」といわれる候補者の中でも憲法九条を嫌う人、君が代を
歌わない教師を処罰すべきと思う人、教育勅語や靖国神社が好きな人、さらに
諫早湾干拓や川辺川ダムの推進派、利権の維持拡大のために推されている人などなど、
こんな候補を区別して投票できる制度であって欲しいのですが、意思は反映されるでしょうか。

 

VOL.383 * 2005/08/20


「マークU」 よしだたくろう

トヨタ自動車が「コロナマークU」を世に出したのが私が中学生の頃。自転車をこいで
わざわざ発表会を見にトヨペットの店に行った記憶があります。アローラインと呼ばれた
従来のコロナのフォルムを元に、統一されたコンセプトのもとにデザインし直された車達を
マークUというシリーズ名で差別化して売り出す発想は、ただならぬ新鮮さを感じさせました。
やがて数年後に吉田拓郎の歌う表題曲に会いました。マイナーコードのストロークに乗って
♪また会うときは 大人になっているだろう わかれたくないのに 冷たい この世界。
せつせつと語られる灰色の世界も、表現の斬新さの点でたしかに「マークU」なのでした。
それにつけても気になるのは、コーダで歌われる「年老いた男」になったつもりで
川面を見つめるのにふさわしい時期に、我々も入ったのだろうかという事です。

 

VOL.382 * 2005/08/14


「60年目の誘惑」

平和主義者といえども、ミリタリーに関することの「カッコよさ」の魅力を
完全に否定することは困難です。私も子供の頃から飛行機の知識はあったので
空を見上げてT-33、F-86、F-104、P-2J、などなど一目で見分けられるオタク予備軍の
少年でした。飛行機に限らず兵器、装備、用語さらには規律といったことまで
軍事アイテムの中には人の本音の部分にせまる魅力が含まれています。そのため
人類は今になっても軍備を肯定し、持てば持ったで使ってみたくなったりもします。
日本国憲法九条の根底には、こういった人間のおろかなサガを踏まえつつ
キッパリと軍事の誘惑を皆で絶とうではないかと呼びかける、潔い姿勢が感じられます。
世界の多くの、誘惑に負けている普通の国になるために憲法を変えますか?

 

VOL.381 * 2005/08/13


「人の命の重さの歴史」

先日、TVニュース特集で紹介されていた防衛大学校の或る幹部の言葉。
「我々は場合によっては部下に死ねと命令しなければならない時がある。生半可な
気持ちではいられません。」 これを聞いていったいどんな場合に「死ね」と命令する
必要が生じるのか私なりに想像してみました。ようやく思いついたのがこんな状況。
『巨大隕石が地球に衝突する直前。爆薬を積んだロケットを操縦して体当たりする
より他に間に合う手段が無い。』 防大や自衛隊の幹部はこんな稀有な事態をも
常日頃想定なさっているのでしょうか。それとももしや戦争の狂気の中で兵士が
将棋の駒のように扱われ殺された歴史が、今後も「有事」には常識と化すことを
当然だと感覚しておられるのではないかと不安がよぎるのです。

 

VOL.380 * 2005/08/06


「サッカーというゲーム」

学校の体育の授業で、サッカーは嫌いじゃありませんでした。皆がボールを
目指して走っているときに、自分はなるべく人の居ないスペースへと移動するのです。
その方がボールに触ったり、試合に影響を及ぼす機会が多くて楽しめました。
「人の行く裏に道あり…」を若くして体得できたわけです。ただし、観戦するスポーツとしては
不満が多々あります。つっこかされたときに大げさに痛がる場面もイヤだし、オフサイドの
ルールも存在理由がわかりません。何よりもヒトの運動能力の中枢をなす手や腕を
使わないという制約が、スポーツとしての根源的な面で、どうにも不自然に感じます。
オフサイドなしの試合、手のパンチングやレシーブOKの試合、見てみたいと思いませんか。

 

VOL.379 * 2005/07/30


「プロ野球中継」 U

民放のプロ野球中継の視聴率低下。フジTVでは時間延長の短縮を決定。
うーん、仕方ないですかね。巨人のワインサイド負けゲームがこう多くては
アンチ巨人派でさえBSの阪神戦の方にチャンネルを変えてしまうでしょう。
こうなったら高校野球予選の規定並みに何回で何点以上の点差で放送打ち切り、
接戦だったらギリギリまで放送延長するというルールを予め決めて公表したほうが
良いのでは。この問題の根底には若手を育てられない巨人のチーム事情や、
東京ドームの中継に出る日テレ解説者の話のつまらなさなども確かにあります。
でも本質的には巨人戦のみを放映して成り立っていた野球中継の、いびつな
在り方が自然消滅するための避けられないプロセスなのかも知れません。

 

VOL.378 * 2005/07/24


「プロ野球中継」

今年も無事にプロ野球オールスターゲームが開催されて、まずは2リーグ存続で
良かったねというところですが、TV中継に関してはどうしても不満をひとこと言いたいのです。
冠スポンサーがついてから特に顕著な、試合中のインタヴューや付随企画の紹介の
挿入に関してです。ことしのTV朝日系による中継に関しては、門外のゲストを挟んだりせず
解説陣中心で構成したことは良かったです。しかし「お祭り」とはいえプレー続行中の
インタヴューは迷惑で興ざめなのです。オールスターは常連選手ばかりのものでなく、
一打席、一守備機会が選手人生のエポックとなるそんな地味なプレイヤーも多くいます。
ホームランの球種や手ごたえ、それは一球を凝視している者がそれぞれ感じれば良いのであって
聞き下手のアナウンサーが口下手の選手から聞きだしている間にそれこそ、
TV解説者の好きな言葉「試合の流れ」は、動いてしまっていたりもするのです。

 

VOL.377 * 2005/07/23


「おいしい水」 アストラッド・ジルベルト

夏にふさわしいジョビンの名作ボサノバの原題は”アグア・ディ・ベベール”。
1960年代には「おいしい水」というフレーズは今より遥かに新鮮味を帯びていました。
恋焦がれる心を花に例えて、貴方の愛という雨水がないと枯れてしまうという
気持ちをこめて歌われるときに、透明な水が本当においしそうに感じられました。
その後「○○の美味しい水」が各地で売られ、自販機でもPET入りのミネラルウォーター
が手軽に買える今、おいしい水を求めることは余りに日常的になりすぎました。
オジサンの少年時代はごくまれに与えられる「三ツ矢サイダー」「リボンシトロン」「ミリンダ」
等の瓶入り清涼飲料が憧れの存在で、いつどこで飲んだかを何年経っても思い出せるほど
たまにしか飲めませんでした。今の子は、飲み終わったあとしばらくして瓶の底に溜まった
甘みの余韻を求めて瓶をさかさにする、なんてことは余りしないでしょうね。

 

VOL.376 * 2005/07/12


「大阪100円生活」 いしいひさいち

「タブチくん」「山田くん」「ののちゃん」などの作者いしいひさいち氏の本を書店で探すのは
意外に大変です。コミックスの棚は出版社別が多いので双葉社からのものは
比較的すぐ見つかります。これが東京創元社や文藝春秋刊行となるとコミックの
棚にあるか、一般書と一緒に並んでいるか半々ぐらいの確率になります。
そしてこれが講談社刊となるととんでもないところから見つかります。
「現代思想の遭難者たち」は哲学・思想書の中にすまし顔で紛れ込んでいました。
そして最新刊の表題書を先日、紀伊國屋で探したときは端末を操作してようやく
見つけました。なんと実用書のガーデニングの棚に収まっているではないですか。
近くに節約術の本も確かにありますが。ちなみにレシートに印字されている
カテゴリーは評論・随筆・詩歌となっています。中身はもちろんバイトくんのマンガです。

 

VOL.375 * 2005/07/10


形而下学的「テロリズムの構図」

岡林信康で社会を学んだ私の考えるテロの構図、題して「アルカイダとはウンコにたかるハエ」。
ブッシュ氏は右隣の家のトイレでわいたハエが自分の食卓に飛んできて
料理にとまったことに腹を立て、右隣の家に殺虫剤を撒きハエを殺しましたが、
隣家のパンにも殺虫剤が掛かってパンは台無しになりました。しばらくしたら向かいの家の
トイレからハエが飛んできて、またブッシュ家の豪華な食卓に侵入。ブッシュ氏は仲良くしている
左隣のブレア氏に手伝いを頼み、向かいの家を殺虫剤だらけにします。
団結してハエに屈することなく、ハエと戦おうと二人は誓い合うのですが、貧しい旧式トイレ
がこの町に残っている限りはハエは次々に生まれるので、ハエの害も
殺虫剤のとばっちりも空しく続くのでした。殺虫剤が売れる薬屋は喜んでますけどね。

 

VOL.374 * 2005/07/09


「7月8日のローカルニュース」

ロンドンの同時爆破事件の翌日、熊本の街でも警察が駅や空港の
パトロールを増やしたり、駅員はゴミ箱を調べ、バス乗務員が座席をチェックする
姿が報じられました。やっている方々も報道する側も「テロ対策の一環としてとりあえず」
という雰囲気に満ちており、実効性への疑問を避けているところが何ともダルイのですが、
問題なのはこの行為を否定しがたい状況が徐々に造られる息苦しさです。
テロと戦う有効手段が見つからないために、テロと戦う振りをしない人やメディアを
非難する、くれぐれもそんな方向へ行きませんようにと願っております。



VOL.373 * 2005/07/03
 


「記号としての長嶋茂雄」

夕闇の後楽園球場をスポットライトが照らし、あの「永遠に不滅です」宣言があった
長嶋茂雄引退試合は、私が大学の1回生の時でした。今でも何かというとその時のVTR
は再現されますが、より重大な意味を持つのはその前年までの暗黒の9年間への終止符
でした。1965年から73年までの9年間、読売ジャイアンツはセリーグ優勝の独占ばかりか
日本シリーズをも制し続け、他の11球団とファンにとっては暗黒の9年間が続いたのです。
川上哲治、森晶彦、堀内恒夫、さらには黒江、末次、柴田、高田。ONの他にも権威的な
メンバーの揃った前代未聞のチームはパリーグの勇者をもあっさりと退け続けました。
長嶋さんの監督就任初年の最下位を初めとして、カリスマ性を相対化するオリンピックの
結果や、本日の広島戦の敗戦などは、周囲の神格化とは逆行してくれる記号としての
長嶋茂雄の存在が躍如として、プロ野球の面白さは私にとって増すのです。

 

VOL.372 * 2005/07/01


「明治マーブルチョコレート」

60年代後半の後楽園球場では試合が終了すると鉄腕アトムのキャラクター
の描かれた立て看板をいくつもグラウンドに並べ、お客さんにボールを投げてもらい
当たった人に明治製菓のお菓子をプレゼントするアトラクションがありました。
神聖なフィールドであんなことをしていいのかと、やっかみ半分に思いながら
父に手を引かれ帰りの通路に急いだ記憶が残っています。鉄腕アトムのお菓子といえば
なんといってもマーブルチョコレート。円筒形の紙筒容器の内側にアトムやウランの
シールが入っているのが大人気、学校で禁止令が出るほど皆夢中で集めました。
CMにでていた上原ゆかりを近所の東光ストアで見かけたと自慢げに話す友もいました。
ところで、阪神タイガーズの今岡誠内野手と、上原ゆかりは顔が似ている。

 

VOL.371 * 2005/06/30


「後楽園球場」

水道橋の後楽園球場には、やはり日本のプロ野球のメッカとしての独特な
雰囲気があったのでしょう、子供心に中心地の片隅に混ぜてもらえている興奮
のようなものが在りました。内野二階席の下にずらりとぶら下がっているゴンドラ状
の放送席にはそれぞれTVラジオのキー局の社名が白抜きで描かれ、
中にいる著名な解説者やアナウンサーの姿が遠目にあれは誰とわかることもありました。
一度だけその放送席の上のネット裏二階スタンドにある年間予約席のチケットを、
父が仕事関係から手に入れてくれて、当時国鉄から移籍したばかりの金田正一が投げ
ONが打つ読売ジャイアンツの試合(産経アトムズ戦)も見ることができました。

 

VOL.370 * 2005/06/26


「西鉄ライオンズ 1964」

少年時代の私が”パ・リーグ通”になったのは、父の西鉄ライオンズ贔屓の影響が
大でした。ただ1964年頃には西鉄の栄光は凋落を始めていました。
後楽園の東映戦だったでしょうか、逆転打を喫したピッチャー稲尾和久に一塁手で
監督も兼ねていた(!)中西太が寂しく歩み寄るシーンを目撃したのを覚えています。
TV中継は当時も巨人戦中心だったのですが、日曜の午後にNET(現、TV朝日)で
パ・リーグ戦の定期放映があり、特に西鉄戦は熱心に見たものです。確かスポンサーは
浅田飴とかだったと記憶します。王、長嶋が少年週刊誌の表紙を飾る時代に、
学校の野球チームで背番号5をもらうと、仰木彬と同じだと喜ぶ渋好みの少年がいたのです。

 

VOL.369 * 2005/06/21


「ボタンの掛け違い」

小泉首相の日韓首脳会談は歴代首相の首脳会談の中でも最悪の部類に入る
成果しか残せませんでした。靖国問題の根本にあるボタンの掛け違いを的確に
指摘する声が少ないため、オジサンにもあえて一言いわせて下さい。戦没者の追悼をする時の
小泉さんの決まり文句として、「戦没者の尊い犠牲の上に今日の平和と繁栄が在る」。
この考えが一見もっともらしいけど、根本的なボタンの掛け違いなんですよ。
戦没者の多くは否応なく殺されたり死に追いやられたのであって、そこには彼らを
殺したり死に追いやった者が存在する。なぜ殺したものと殺されたものを区別しないのか。
小泉さんの考え方だと、平和と繁栄のためには再び「尊い犠牲」を期待しかねない。
「罪を憎んで人を憎まず」この言葉は良いけど、しっかりと罪を憎む姿勢が全く足りていません。

 

VOL.368 * 2005/06/20


「太平洋野球連盟 1964」

東京オリオンズのオーナーは大映の永田社長。当時は主力打者張本を擁する
東映フライヤーズと共に映画会社の球団だったのですが、座頭市や大魔神も映画斜陽に
抗えず5年後にオリオンズはロッテの名を冠します。ロッテは当時もガムのメーカーとしての
知名度はトップクラスでした。新大久保駅付近を通る国電からロッテの工場に
掲げられた巨大なクールミントやジューシーガムの看板を見るのが楽しみでした。
まだ西新宿の高層ビル街の影も形もなく、小田急の屋上から西を見ると浄水場が
広がっていた時代です。で、野球に目覚めた9歳の少年が父にせがんで次に出かけたのは
神宮球場の東映対阪急戦。選手名で言うと毒島バルボンの居たころです。
チケットの片隅には当時のパ・リーグの正式名称、太平洋野球連盟の文字が入ってました。

 

VOL.367 * 2005/06/19


「東京スタジアム」

バレンタイン監督のマリーンズが快進撃で俄然注目を集めていますが、
父の日にもからめてオジサンの大昔ばなしを、よかったら聞いてください。
父に連れられて生まれて初めてプロ野球を観戦したのが、マリーンズの前身
オリオンズの1964年当時のホームグラウンド「東京スタジアム」だったのです。
球団名が大毎から東京へと変わったばかりで小山、榎本が投打の中心でした。
南千住へ向かう常磐線の電車は、こげ茶色の車体で車内に柱が立っていたような。
でもカラフルな客席に、キャンドルスティックの照明塔から降り注ぐカクテル光線はまさに別世界。
母や姉と一緒になってTVで野球を見る父を非難していた少年は、その日から父の味方です。

 

VOL.366 * 2005/06/12


「サニー」 ボビー・ヘブ

いつのまにか日産自動車の車名サニーは姿を消しているのですね。
1966年に新聞の全面広告で大々的に公募した名前だったのですが、
ブランドの役割が終わったとの判断なのでしょう。後継車に相当するティーダを
見ると昔日の1000cc車の姿からは遠く隔たっています。あの頃サニーの名前で
応募した人たちの意識の片隅には前年からヒットしていた表題曲の存在がありました。
自分の乗用車を所有する夢がはっきりと現実化した時代に、この曲の内容は
まさにぴったりだったのです。雨に覆われていた昨日と決別して光に満ちた日々を
謳歌するナンバーは68年にも再ヒット、78年にはボニーMでディスコにリバイバルします。



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